![]() 厚生福祉
2006年10月27日
コミュニティづくり
コミュニティに関わることはいろいろあるが、防犯・防災、学校、子育てということが、福祉との関連で思い浮かぶ。犬の散歩が日課のおじさんに「小学生の登下校時に合わせて散歩して」とお願いすれば、おじさんは「お安い御用」と引き受けるだろう。非専門家のおじさんは、これによって見守りという形での犯罪抑止力になる。立派な社会貢献である。 防災訓練で、母子家庭の筋ジストロフィーの息子を家から抱えて助け出す役を果たした「非専門家」は、地域に人の手を借りなければ災害時に命すら守れない障害者がいることに気がつくだろう。助けるのは、行政ではなくてコミュニティの隣人であることも体得する。 普通学校で障害児が学んでいる。先生一人では大変である。地域のおじさん、おばさんが手助けできないだろうか。ボランティアというほど大げさではない。地域の隣人が、日常的にほんのちょっと手を貸すだけで、助かる人がいる。「できる範囲で」、「それとなく」、「自然体で」もキーワードである。 こういうことは、自然には出てきにくい。社会福祉協議会は、こういうコミュニティづくりのコーディネーター役を果たすための存在であるべきである。住民の方々が会員となり会費も納めてもらっているが、これはサービスを受けるための会員ではなくて、地域の隣人としてサービスをする側の会員と呼ぶべきものだろう。 中心となる一握りの専門家と、ちょっとしたことができる大勢の非専門家がいれば、コミュニティは相当なことができる。そうやって動くことによって、コミュニティが強くなっていく。そういう地域が日本全体に広がっていけば、日本はよほど住み易くなる。「福祉は世直し、国づくり」と私が確信する根拠は、ここにある。
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