![]() 更生保護2006年10月
ふつうの人たちが世の中を変える 小学生などの幼児が、学校の行き帰りに誘拐されたり、危害を加えられたりする事件が相次いでいる。警察に全面的に頼ることはできない。親が見守るにも限度がある。 犬の散歩が日課の人が地域には大勢いる。散歩時間を、小学生の登下校時に合わせてもらえませんかと頼んだらどうだろうか。お安い御用と応じる方が多いだろう。ご自身の散歩でもいいし、ジョギングおじさんもいるかもしれない。 その地域のあちこちで、登下校時に散歩おじさん、散歩おばさんが動き回っていれば、不届き者の出る幕がなくなる。見守りによる犯罪の抑止力である。これも一種の社会貢献であるが、当の散歩おじさんには、そんな大それたことをしている気持ちはない。 「気がついてみたら世の中のためになっていた」というのが大事。お散歩タイムの変更を頼んだり、お散歩おじさんのネットワークを地域内で作り上げるのは、専門家の役割である。こういう人を、仮にコーディネーターと呼んでみる。一握りのコーディネーターと、大勢の非専門家が力を合わせれば、地域の底力は発揮できる。 ボランティアは、「やってやろう」という意志があって活動するのであるから、半分以上専門家のようなものである。非専門家の関わりこそが、地域の底力を引き出す方策であるから、地域に住むふつうのおじさん、おばさんが大切に思えてくる。 私が2004年の2月に、宮城県知事として発した「みやぎ知的障害者施設解体宣言」は、施設を解体することではなくて、知的障害がある人が地域の一員として生活できる条件を整備し、施設から地域への移行を進めることが目的である。知的障害者が地域に出て、グループホームなどでの生活を始めれば、近所の人たちは、最初は違和感を覚えたり、反発もあるかもしれない。しかし、そのうちに、彼らも地域の仲間として認知されるという経過をたどる。その中で、近所のおじさん、おばさんは、障害ゆえに困難を覚える事柄について、自然に彼らの手助けをする機会を持つだろう。それとなく見守るというだけでも、彼らに安心感を与える。 つまりは、おじさん、おばさんは、地域の一員として、できる範囲のことを無理なく、自然にやるということである。ボランティアというほどの意識もない。自分の得意なこと、役割に応じたことをやる。お店の人、おまわりさん、ご隠居さん、退職シニア、世話焼きおばさん・・・。たまには、知的障害者に助けられることもある。これが「お互い様」の関係でありが、地域というのは、もともとそういうところである。 地域の中に知的障害者のグループホームができて、彼らが移り住んできたということがきっかけで、地域の底力がついていく。地域の底力がついたところが、日本中、あちこちに増えれば、それだけ日本が住みやすいところに変わる。だとすれば、障害者を地域移行させるという仕事は、それ自体、世直し、国づくりということになるのではないか。「障害福祉とは、あわれでかわいそうな障害者になにかいいことをやってあげることではない。世直しであり、国づくりである」というのが、私の言い分なのだが、ここでそれを言いたいわけではない。 言いたいことは、地域の中のふつうの人たちが世の中を変えていくということである。更生保護の仕事だって、専門家、篤志家という一握りの人たちだけがやっていると思われている。そうではなく、専門家、篤志家は、地域の中のコーディネーターとしての役割を果たして、多くのふつうの人たちに、最初はそれと気づかせない形で更生保護の仕事に関わってもらったらどうだろう。そんなことができれば、更生保護の仕事が大きく発展するだけでなく、その仕事への関わりを通じて、多くのふつうの人たちが変わる。そうなれば、社会全体が変わるのである。 そんなことを夢想しながら、私は私の得意なことをやり続けていこうと思っている。
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