浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

2006年5月15日
朝日新聞 
時流自論  
執筆原稿から


合併第2幕観客は注視する

 宮城県では、一市六町が合併した大崎市、気仙沼市と唐桑町が合併した新気仙沼市が三月三十一日に発足した。旧合併特例法の最終期限での発足であり、曲折を経た新市の誕生になった。

 大崎市の場合は、新市の名称を巡っての曲折である。中心都市である古川市民の間では、「古川市」を残したいという動きがあり、その調整に時間を要して、合併時期が遅れてしまった。新・気仙沼市の場合は、本吉町議会が合併の最終局面で一票差により合併案を否決した。そのために、気仙沼市と唐桑町だけの合併になり、日程どおりの合併ができなくなった。

 今回の平成の合併では、全国的に同様のことが起きた。新市の名称でもめて、合併ならずという例は数多い。たかが地名と言うなかれ。地名は、そこに住む人たちにとってのまとまりの象徴であり、地域の誇りに関係する。縁もゆかりもない名称では、住民の誇りにつながらないし、一方、隣の町にだけ縁やゆかりがあるという名前では、その他の町の住民が納得しない。

 宮城県の場合、地元に合併の機運があり、住民、首長、議会も同意していれば、県としては円滑な合併に至るように、人の面、財政面、情報面での支援を行ってきた。しかし、合併機運が盛り上がったにもかかわらず、結果として合併が頓挫した例もあり、当時の知事の立場からは、残念至極であった。

 全国的に見ると、3232あった市町村が、平成の合併で1821に減った。国の目標である千市町村には届いていないが、私としてはよくもここまで合併が進んだものだという気はする。これだけの合併がなされた要因はどこにあったのであろうか。

 「このままでは財政が行き詰まる」という自治体側の恐怖感も、合併に向かう一つの理由ではあった。合併特例法の期間中に合併すれば、返済額の七割が地方交付税に算入される合併特例債という有利な借金ができることも、自治体側の計算には入っていたはずである。

 合併の理由はなんであれ、合併してしまえば、大きな行政組織ができる。宮城県の登米市は九町の合併、栗原市は十町村の合併である。その瞬間に、行政組織は九倍、十倍に膨れ上がった。一つの課や係の規模が、人員的にそれだけ増えるので、これまでは課の規模が小さくてできなかった仕事にも人手を割ける。専門官を置ける、若手を研修に出せる、情報収集を手広くできるなど、行政能力が格段に向上する手立てを持つに至る。合併の直接的効果として現れるのは、まずはこのことである。

 「市町村合併は、行政の効率化につながる」と言われるが、実は、合併直後は同規模の自治体と比較すれば、職員数はかなり多い。そこからスタートして、どれだけ早い時期に効率的行政組織に持っていけるか、それが合併の成否を分ける。

 やりようによっては、合併の弊害になるのは、合併の結果、地理的に周縁部になってしまう地域の過疎化である。「やりようによっては」と書いたが、合併後の自治体の運営にも、中央集権と地域分権とがある。行政運営としては地域分権、住民側としては地域に誇りを持てるような文化・伝統の保存に力を入れることにより、周縁部の過疎化は免れることになる。

 合併への過程を通じて、職員の能力は格段に向上した。合併協議会での審議で「こういった資料を出して欲しい」という委員の要求に即座に応え、合併予定期日までに調整すべき項目をすべて処理した。その過程では、自治体の抱える問題点を突き詰めて、合併後のあるべき姿について徹底的に想いを巡らせたはずである。そこで蓄積された知識と考える力、目的達成のための情熱は、合併直後の自治体にとって素晴らしい財産である。

 住民も合併の過程で変わった。これまで自治体の行政に無関心に近かった住民も、合併論議の渦中では、我関せずとはいかなった。合併への賛否もあるが、地名への関心は高く、多くの住民が議論に加わり、その過程で行政のありようにも関心を持つに至った。

 合併に至らなかった自治体、合併せずを選び取った自治体においても、住民の関心は高まりを見せた。住民投票に関わり、合併に関する意見表明をした住民も少なくない。合併の功罪、合併の仕方について住民の間で真剣に議論された。

 今回の平成の大合併の流れの中で、合併を選択しなかった自治体では、首長、議会のみならず、住民も、合併自治体の状況に大きな関心を寄せている。皮肉な見方になるが、合併自治体があまりにうまくいくと困るのかもしれない。成功した合併自治体との比較の上で、「だから、あの時、合併しておけばよかったのに」という批判が、合併に消極的だった首長や議会に向けられることは避けられない。今は、首長、議会ともども、息を凝らして成り行きを見守っている段階である。

 いずれにしても、市町村合併の第二幕目が始まろうとしている。すぐには演目は始まらないであろう。つまり、第一幕で演じられたドラマの行く末を、慎重に、ドキドキしながら見守る期間がしばらく続く。見られる合併自治体も、それを意識せざるを得ないところである。



TOP][NEWS][日記][メルマガ][記事][連載][プロフィール][著作][夢ネットワーク][リンク

(c)浅野史郎・夢ネットワーク mailto:yumenet@asanoshiro.org