![]() 月刊年金時代2006年12月号 「続・ネーミングについて」 同じ表題で2004年6月号に書いた。前回書いてから後、商品や施策のネーミングに関して、新しい動きがあった。私としても、改めて思い起こす出来事もあった。そんなこんなで、いつの間にか書くことがたまってしまったのである。 そのものずばりのネーミング・ライツのことがある。施設に企業などの名称を冠する権利を金銭で売買できるということが、近年広まってきた。それについて、自分ごととして関わることになったのが、改装なった県営宮城球場である。 「狭い、古い、汚い」と酷評を受けていた宮城球場が、プロ野球東北楽天イーグルスがフランチャイズにするのを機会に、全面改修された。2004年から05年にかけてのことである。当時、宮城県知事として、楽天球団の誘致にも関わり、球団側には球場改修をお願いし、宮城県としては球場使用権を供与するという方式を手探りで始めていた。そうやって改修あいなった球場の名前を企業に売ろうという話になった。 買ってくれたのが、新興の人材派遣会社であるフルキャスト社である。球場の名前は、「フルキャスト・スタジアム宮城」ということになった。平野岳史社長の英断である。命名権の対価は、楽天球団と宮城県とが分け合った。フルキャスト社として、会社の知名度が大いに上がって、元を取ったと言ってくれるのがとてもうれしい。 宮城県でのネーミングということになると、お米の話ははずせない。私が知事になる前、本間俊太郎知事の頃のこと。宮城県農業試験場で開発された新しい品種のお米に、どういった名前をつけるかが、宮城県庁内で議論された。たくさんの候補作品の中から「ひとめぼれ」が最終的に選ばれた時には、異論が出たらしい。「だって、男性がお米屋さんに買いに行って、美しいおかみさんが対応した時に、『ひとめぼれください』なんて言えないでしょ」というのが異論の理由であった。 しかし、これはまったくの杞憂。「ひとめぼれ」は味の良さはもちろんであるが、そのネーミングの妙もあり、ものすごく売れたし、今も売れている。宮城を代表するうまい米に「ササニシキ」がある。新潟の「コシヒカリ」も同様。こういうまともなネーミングでないお米が出回るようになったのは、「ひとめぼれ」が最初の例だろう。 秋田の「あきたこまち」、山形の「はえぬき」はいい。とてもいいネーミングである。特に、「あきたこまち」は、名称に原産地が入れ込んであるのが優れものである。しかし、山形の「どまんなか」はいただけない。この連載の別な回でも書いたが、標準語では「まんまんなか」と言うべきものであり、接頭語の「ど」は、関西弁で「どケチ」、「どスケベ」、「どブス」というふうに、あまり良くないことを強調する際に使われる。「ど美人」、「ど金持ち」とは言わない。だから、「どまんなか」はいかがなものかと思う次第である。 商品のネーミングもずいぶん変わってきた。自宅の洗面台で愛用している手を洗う泡状の石鹸の名前が「キレイキレイ」。なんとかわいい名前だろう。そして、商品特性をそのまま表わしているのが憎い。インスタントカメラで「写るんです」というのがあるが、これもびっくりさせられるネーミングである。今は、ほとんどスーパーやコンビニで売られているから、店員に商品名を告げる必要はないだろうが、「『写るんです』ください」というセリフはかなり言いにくいのではないだろうか。 商品の名前ではないが、面白いネーミングだと思ったのが、「レンタルお姉さん」である。これは、二神能基さんが千葉県市川市行徳で展開する、NPO法人「ニュースタート」の活動の中で登場する人たちの名称である。二神さんとは、雑誌「世界」の「浅野史郎の疾走対談」シリーズの第三回に出ていただいて知り合った。大学を中退して故郷である愛媛県松山市で塾を開いたら大成功した。35歳でそんな仕事が空しくなって「自分探しの旅」を続けた後で、50歳から始めたのが「ニュースタート」であるということを対談で聞いた。 「ニュースタート」でやっているのは、引きこもり青年、精神障害者、知的障害者など、社会適応がむずかしい人たちを共同生活させ、仕事をやらせて、社会復帰をさせていくという活動である。引きこもり青年を家から外に出すという部分を担うのがレンタルお姉さん、レンタルお兄さんたちである。決して心の友なんかにはなれない、レンタルだから、気に入られなければチェンジ無料。これが「レンタルお姉さん」に込めた想いなのだろう。単なる、面白おかしいネーミングではなく、そこには思想性と方法論がある。 レンタルお姉さんの側も、自分の仕事、領分を正しく認識しているらしい。つまり、こういった青年について、支援といったところまではやらず、あくまでも家から外に引き出すのが自分の任務と徹底している。できないことはやらない、他の人の役割に任す。だからこそ、うまくいく。「うまくいく」と言っても、最初の関わりから、引きこもり解消まで、平均1年半かかるのだそうだ。月に3回としたら、50回ほども出かけて行くことになる。 この原稿は、東北新幹線の車中で書いている。「はやて」という愛称がついている列車である。盛岡から秋田まで行く列車が連結されているが、この愛称は「こまち」である。これらの他に、東北新幹線には「やまびこ」も走っている。福島から新庄まで行く列車は「つばさ」である。飛行機ではなく、新幹線の名称に翼がつくのは許される。東海道新幹線は、「ひかり」、「こだま」(「やまびこ」と同じ発想である)、「のぞみ」が走っている。こんなこと並べ立てたら、キリがない。JRの社内で、「どういう愛称をつけようか」という大会議をしたのかな、などと考えてしまう。 それにしても、言語学に関心がある私として、不可解なのは、その「新幹線」の呼び名である。昭和39年に開通したのだから、もう42年経っている。それでも「新」幹線であるというのが、どうにも不思議なのである。
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