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月刊年金時代2006年4月号
新・言語学序説から 第46

「弁明について」

 新聞を開けば企業や官庁の不祥事の記事が目に付く。一つの事件の賞味期限が短くなっている。一ヶ月も経つと、視聴者も「そんな事件あったっけ」となってしまう。忘れっぽい国民性というよりは、事件があり過ぎるからだろう。

 この原稿を書いている頃で言うと、ライブドア、耐震偽装、東横イン、米国産牛肉、防衛施設庁、損保ジャパン。活字になっている頃には、このうちのいくつかは「そんな事件あったっけ」の仲間入りだろう。

 私が気になるのは、事件そのものよりも、事件についての責任者の弁明である。耐震偽装のヒューザー社の小嶋社長は「被害者はこちらのほうだ」と強弁した。障害者用設備の検査後改造の東横インの西田憲正社長は「60キロ制限で67キロのスピード違反をしたようなもの」と対応した。米国産牛肉のBSE問題での米国高官は「交通事故に遭う確率よりずっと低い」とのたまわった。いずれも、悪かった、ごめんなさいという反省の気持ちが伝わってこない。適切な弁明にはなっていない。

 弁明ではないが、松下電器の石油温風器の欠陥への対応は、徹底していた。石油温風器の使用による一酸化中毒で、数件の死亡例を含む事故を引き起こした。問題機種の回収のため、一台5万円で買い取るほか、テレビCMは注意を呼びかける内容に切り替えた。さらに、販売された約15万台の製品購入者だけでなく、国内のすべての世帯と宿泊施設の計約6千万カ所に製品の危険性を知らせるはがきを送ることにした。

  松下電器の松下正幸副会長が関西経済同友会の定例懇談会で述べたことは、弁明ではなく、陳謝である。「あらゆる手段を取って、再発防止に努力していく。メーカーとして痛恨の極みだ」と述べた。中村邦夫社長も、今年の正月の仕事始めのあいさつは、「多大な迷惑をかけて極めて申し訳ない。最後の一台を見つけ出す姿勢を継続する」というものであった。弁明を身体で表わす具体的行動は説得力がある。弁明をすんなり受け入れる素地が消費者側にできてしまう。

 その対極にある対応が、東横インであった。問題とされているのは、東横インのホテルにおいて、身障者用として作った客室を行政による検査を完了した後に、会議室に改造したり、誘導ブロックを撤去したことである。駐車場については、障害者用であると容積率が緩和されることを悪用して、完了検査後に客室やテナントに改造した。「スペースが取れない場合は、完了検査を通してから転用すればいいと考えていた」(営業企画部長)、「条例違反になっても、行政指導で終わると思っていた」(社長)といった発言は、弁明ではなく、あまりにも素直な告白である。悪いこととは知りながら、「たいしたことではない」と勝手に思い込んでいたということである。建築確認用に使う設計図と、改造用の設計図と設計図を二種類作っていたというのだから、計画的な欺瞞行為であり、ある意味では、大胆不敵である。

 前に引用した西田社長の発言は、「条例違反の認識はあった。時速60キロで走るところを67、68キロで走ってもいいと思っていた」というものであった。この時の記者会見はテレビでも放映されて私も見たが、発言も悪いが態度も悪い。にやにやしながら、手元のペットボトルに手をやっての発言では、「この人、本気で悪いと思っていない」という印象にならざるを得ない。つまり、発言はその内容だけではなく、話し方、顔つき、態度にもよる。新聞よりもテレビの印象が大きいのは、こういった弁明において顕著である。

 さらに、油に火を注いだ発言がある。「身障者用の客室は年間一、二人しか利用がない。正面に駐車場があるとホテルとしての見てくれが悪くなる」というものである。これを聞いて、身障者及び身障者団体は、怒りに燃えた。さすがにまずいと思ったか、西田社長は身障者団体を訪問して陳謝に努めたが、文字通り、後の祭り。

 ユニバーサル・デザインは、物を作ったり売ったりする企業にとって、経営方針の中核に掲げるべきものである。多くの企業にとって、常識にすらなっている。ホテル経営者がそれを知らない無知を非難することもできる。ユニバーサル・デザインは企業にとっても得であるということも知らなかった無知である。障害者に便利であれば、高齢者、妊産婦、体調の悪い人、疲れた人にとっても便利で使い易いから、差別化商品として人気が出るし、話題になる。西田社長は、そこまで理解すべきものであった。

 弁明に戻れば、当初の記者会見はひどかった。既に書いたように、発言内容も常識外だし、発言の態度も悪い。頭を下げない、薄ら笑いを浮かべてのへらへら発言であり、謝罪の気持ちが全く伝わってこない。すぐ考えることは、記者会見の発言内容、その他留意すべきことについて、社長に適切な助言をする社員がいなかったのかということである。東横インにも広報関係の部署はあるはずだから、そこの責任者が事前に社長への説明、指導をしてしかるべきである。それができていなかった。

 広報関係の社員も、西田社長と同様に、今回の問題はたいしたことないと認識していたとは思えない。もしそうなら、どうしようもない会社である。記者会見での対応について問題点を知っていても、社長に進言できなかったのだろう。つまりは、西田社長のワンマン会社という性格に起因する。そして、社長のワンマン会社という体質が、ここまで非常識な経営で突っ走ってきた理由でもある。

 弁明には、弁明する人の性格だけでなく、経営方針、人生観が出てしまう。技術的なことを言えば、最初の対応が極めて大事である。西田社長の例で言えば、どうせ後から謝るのであれば、最初から同じ対応にしておくべきであった。やったことの悪質さは消えないが、その後の印象が違う。消防も弁明も、最初の1分が大事で、それを誤ると燃え盛る火は消せなくなる。

 他人後ではない、自らに言い聞かしつつ、この文を書いた。


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