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2016年7月8日
自治日報
《自治

執筆原稿から

舛添問題とは何だったのか

 4月27日発売の「週刊文春」に、「告発スクープ 舛添知事公用車で毎週末温泉地別荘通い」の記事が掲載されて、「舛添問題」が勃発し、東京都民だけでなく全国的な注目を集めた末に、舛添要一東京都知事辞任で幕を閉じた。一体、「舛添問題」とは何だったのか、我々に何を残したのか、考えてみたい。

 前述の告発スクープ記事に続いて、5月12日発売号には「舛添都知事に政治資金規正法違反の重大疑惑!」の記事が出た。千葉県木更津市のホテルでの正月の家族旅行について、舛添氏の政治団体の収支報告書に「会議費」と記載され、2年分で37万円余が計上されていると報じた。その他に、政治資金での飲食、買い物、美術品購入などのリストが掲載されている。公私混同を疑わせるものばかりである。

 都庁での5月13日の知事定例記者会見が重要な転機だった。週刊誌で指摘されている事柄について、事実と認めるべきことは認め、その上で謝罪すべきは謝罪するという態度で臨むべきだった。そうすれば、「危機」は回避できたはずである。

 実際の記者会見では、記者の追及をはぐらかしたり、言い逃れをしたり、開き直るところもあった。5月20日の記者会見では、「厳正な第三者の精査」を40数回も繰り返し、記者の質問にはまともに答えなかった。舛添知事のこういった対応を見て、東京都民をはじめ、多くの人たちは、「説明責任が果たされていない、逃げている、ごまかしている」と怒り、知事辞任を求める声も広がった。

 舛添知事は危機管理で失敗した。たとえ話をすれば、ある人がぼやを出してしまった。水をかけてぼやを消し止めるべきところに油を注いでしまった。そしたら、ぼやが燃え広がり大火事になって消せなくなった。

 舛添氏による政治資金の使い方の公私混同が、ぼやにあたる。ぼやの段階で消し止めるというのは、その公私混同の事実を事実として認め、謝罪し、お金を返却することである。火に油というのは、聞いているものの怒りを誘うような言い訳、言い逃れ、屁理屈、開き直りである。

 政治資金の使い方の公私混同は、知事になる以前の議員時代のことであり、政治とカネの問題としても、公私混同は「巨悪」といえるほどのものでもない。舛添氏のお金の使い方が「せこい」と言われたが、せこいだけで知事辞任には結びつかない。東京都民はこういったことにも怒っているが、本当に怒っているのは舛添知事の対応が不誠実であることに対してである。憤激度合いは10倍以上も激しくなった。

 危機管理ということで、私自身の経験を思い出す。私が宮城県知事になって1年半が過ぎた頃、県庁で食糧費を流用して裏金にしているという疑惑が仙台市民オンブズマンから提起された。この件は、知事記者会見でも記者から追及された。それをきっかけに、私は総務部長(第三者ではない)に県庁内部の厳正な調査を命じ、その結果、全庁での裏金づくりが明らかになった。

 調査結果を得て、県民に謝罪し、関わった職員を処分し、県に返金し、私を含む幹部職員の給与を減額することにした。それでこの事件は収まったのである。朝日新聞の社説で「知事が放った改革の矢」と賞賛された。不祥事の発覚を受けての危機管理に成功したと言っていいだろう。この「事件」を経て、「逃げない、隠さない、ごまかさない」の言葉が胸に刻まれることになった。

 舛添知事は、どうして記者会見での記者からの追及や、都議会での議員の厳しい質問に、言い訳や抗弁を繰り返したのだろうか。そして、最後まで自分から知事辞任を言い出さなかったのだろうか。自分に非はない、知事を辞めなければならないほどの非は犯していないと信じていたからではないか。知事を自分から辞めることは、非を認めることになる。だから、それはできない。それが舛添氏の最後のプライドであった。

 「舛添事件」を総括すると、週刊誌の記事が火をつけ、世論の勢いが一人の知事を辞職に追い込んだということである。これを民主主義の勝利とはいわない。なんだか、すっきりしない気がするのは私だけだろうか。


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