浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

2012年3月
ガバナンス3月号
特集《自治体にとっての3.11

執筆原稿から

復興のガバナンス

未曾有の災害となった東日本大震災。被災地の復興は、基礎自治体が中心になって進めていくことになるが、そのためのガバナンスが重要である。自治体以外の多くの人たちを巻き込み、協力を得ながらでなければ復興は実現できない。

問われる自治体のガバナンス 

 東日本大震災は、被災の程度、被災地の広がりの点で、過去に例を見ないほどの大災害であった。被災地の復旧、復興のために、莫大な財源、長い期間、多くのマンパワーが必要であることは、被災直後から論じられていた。この難事業を達成するのは、容易なことではない。

 復旧・復興事業の実施は、被災自治体が中心になる。復興の成否、スピードを左右するのは、自治体のガバナンスのありようである。この稿では、復興のガバナンスのあり方について、@誰がやるのか、A何をいつやるのか、B事業の協力者に分けて論じてみたい。

 

誰がやるのか

中心は地自治体
 復興事業実施の中心は地方自治体である。県ではなく、市町村、つまり基礎自治体が復興の最前線に立つことになる。復興計画を策定し、どういう方向で復興事業を進めていくかを決めるのは基礎自治体であり、事業の遂行にあたっても、基礎自治体が中心となる。

 現実には、近隣の基礎自治体や災害協定を結んでいる基礎自治体から、マンパワー、物資の供給の面で支援を受ける例が多かった。他の自治体からの支援を早期に十分に受けることは、災害支援協定が結ばれていれば当然期待できるが、被災の前から、親密な関係を持っていれば、支援も受けやすい。平常時から、他の基礎自治体との関係を深めておくことが、災害の場面で生きてくる。

 復旧・復興の最前線は基礎自治体だとしても、県や国の支援は当然求められる。

 国からの財政支援は、必要不可欠である。住宅の高台移転ひとつとっても、宮城県の12市町の必要額を試算すれば2兆円超である。これは12市町の年間予算の10倍であり、国からの財政支援がない限り達成不可能である。国は、基礎自治体が復興事業に要する額の相当程度を負担することにしており、復興事業の遂行にあたっての大きな援軍となっているのは事実である。

使い勝手の悪さ
 その一方において、実際の財政支出のあり方には、問題が多い。不十分、遅い、使い勝手の悪さ、縦割りの弊害、前例へのこだわり、公平性の呪縛など、自治体側から不満の声が聞こえてくる。

 額が少ない、もっと多く、スピード感に欠ける、もっと早くというのは、自治体側から当然出てくる要望ではあるが、どこまでいっても限界はある。程度問題ではある。それとは別に、どうにかできることとして、「使い勝手の悪さ」がある。

 「使い勝手の悪さ」とは、次のようなことである。

 復興交付金の対象事業が40事業に限定されているために、必要な事業に手がつかない。たとえば、防潮堤のかさ上げは対象外。湾にたまった土砂を取り除く浚渫作業に、復興交付金は使えない。これに「縦割りの弊害」が加わる。集落の避難路建設のための交付金申請は、農林水産省と国交省の両方にしなければならない。通常の補助金行政の問題点を引きずっている。災害復興という幅広い事業を時間の制約の中でやらなければならないのだから、復興交付金は相当に自由度が高いものでなければならないのに、である。

 「前例がない」とか「公平性の観点から」という理屈は、平常時ならまだしも、未曾有の災害に対処する際には、いい加減にしないと、実態に合わない不合理な結果を及ぼす。

 仮設住宅で暮らす高齢者への支援は、絶対に必要である。仮設住宅に空室があり、そこに支援の人を常駐させようとした自治体に、国から待ったがかかった。(のちに、政府の対応が改められ、常駐が認められることになった) 仮設住宅はそういう目的のためにあるのではない、仮設住宅に空室がない他の自治体との公平性が保たれないという理由である。何のために仮設住宅を建てるのかを考えれば、答は明らかではないだろうか。

 国は、黙って金を出してくれればいいというのではない。スピード感がなければ、支援のお金は生きない。あれやこれや理屈を言い出して、せっかくの「自由な」交付金が使えないのはもったいないだけでなく、不合理そのものである。

 大震災発生からほぼ1年経って、復興庁が設置されたが、これでスピード感のある、適時適切な復興支援が期待できるのかどうか。縦割りの弊害は解消されるのか、被災自治体が、いちいち東京の復興庁に足を運ばないで済むようになるのか、それもわからない。屋上屋ではないかという懸念もあるが、実際の活躍ぶりを見守りたい。

県の役割
 県の役割はどうであったか。どうあるべきか。

 災害直後は、人手不足、情報不足、物資不足に悩む被災市町村に対する県の支援は大きな力になった。市町村ごとに被災の状況、自前で対応できる範囲は違うので、県の支援の内容、やり方も違ってくる。多種多様なすべての被災市町村に十分な支援をするには、県の持つマンパワー、資源は十分でない。

 そんな中で、県は最大限の活躍をした。県庁組織を挙げての対応ぶりであり、通常業務とは関係なく、職員総動員で被災地支援にあたったことは、高く評価できる。

 震災前の平常時から、市町村との親密な関係がとれていた県の部署は、災害時においても、市町村の要望にきめ細かく対応できた。市町村職員との顔と名前が一致する関係は、災害時の混乱の中でこそ生きてくる。こういった親密な関係を結ぶことが、道州制のもとでの道州と市町村の間ではむずかしいことを考えると、災害対応に関していえば、現在の都道府県制のほうがガバナンスとしてはすぐれている。

 国の支援はある。県は、さらにきめ細かい支援の手段を持っている。しかし、実際に災害復旧・復興の中心となるのは、基礎自治体としての市町村である。

 復旧・復興は、基礎自治体が主体的に関わるのでなければ、遅々として進まないだろう。国や県からの指示待ち、指導要請ではなく、自らの判断で、積極的に復興事業にあたっている基礎自治体では、復興がスピード感をもって的確に進められている。国や県からの支援が必要な事項については、基礎自治体が具体的に支援内容を明示して要請するべきである。復興計画も基礎自治体が策定し、実行する。住民を巻き込んで仕事を進めていくのは、基礎自治体しかないのだから。

大合併の検証
 基礎自治体が復興事業実施の中心であるのだが、その基礎自治体は災害のほんの少し前に平成の大合併によってできたという事情がある。実際に被災した自治体の多くは、こういった合併自治体であった。そのことが、復興事業を進めるうえで、どのような影響があったのか。合併によって自治体の規模が大きくなったことにより、自治体の組織としての力が増大し、マンパワーに余裕があったことは、災害対応において力を発揮できた要因であった。

 一方、自治体職員の中には、合併前の地域の事情に通じていないものも多く、特に、災害発生直後には、円滑に支援活動が進まなかったという例も見られた。

 自治体は、行政の執行機関というだけの存在ではない。同じ文化と歴史を共有する人と人の集合体であり、地理的にもまとまりがある。人と人との緊密な関係が維持されていることは、災害の際の助け合い、支え合いにつながることを考えれば、規模として小さな、まとまった自治体であることのほうが有利という側面もある。この点、いずれ検証されることが期待される。

 

何をいつやるのか

多くのマンパワー
 災害発生直後は、人命の救助が最優先であった。また、早急にがれきの処理をしなければ、何も進まない状況であった。この局面での自衛隊の活躍ぶりは、特筆に値する。そして、避難所の設置を経て、被災住民の住まいの確保としての仮設住宅の建設へと進む。自治体ごとに、早い遅いの差があり、また被災者への対応の度合いに濃淡もあるが、各自治体とも十分な仕事ぶりであったことは評価していい。

 課題はたくさん残っている。津波被害により、平地に暮らし続けることが困難になった住民への対応としての高台移転には、適地探しから始まって、住民の同意を取り付けながら進めなければならない。膨大な財源と長い時間がかかる事業である。目の前の課題としては、仮設住宅で暮らす高齢者などの生活の支援がある。健康状態の確保、生活の不便さの解消などには、多くのマンパワーが必要である。

地域の活力
 こういった課題と同様に重要なことは、地域としての活力をどうやって取り戻すかである。今回の大震災では、地域の産業の基盤が、根こそぎといっていいほど失われてしまった。農業の基盤としての農地の津波による塩害からの回復には時間がかかる。漁業のための漁船が津波で流失し、水産加工の事業所が破壊され尽くした。商店街が壊滅状態になり、にぎわいが失われた。

 産業が復興できなければ、仕事が生まれない。働きたくとも、働く場がなければ、地域での生活が成り立たない。特に、若者が戻ってこない、地域から出て行ってしまうことが懸念される。若者がいなくなれば、地域として成り立っていけない。

 こういったことを考えれば、被災した地域での産業の復興、雇用の場の確保が求められる。しかも、若者に見切りをつけられる前に、急いで対応しなければならない。自治体で災害対応にのみ専心していた職員のうち、産業振興担当は、本来の業務に戻さなければならない。市町村の職員だけでなく、この局面では、県の産業振興の部署の助力も仰がなければならない。県にとっても、ここは活躍のしどころであろう。

 産業振興の事業だけではないが、なにしろ、これだけの大災害である。その復興の事業をどうするか、何をするか、前例がなくとも、他の被災自治体がやっていなくとも、やらなければならない。

 地域の状況は、それぞれ大きく違うのだから、横並びなどあり得ない。特区を設けて、被災地だけの特例で事業を進めるということも必要であるが、特区の設定は条件があるから、何でも特区に頼るわけにはいかない。であるとすれば、求められている事業は、国の「指導」で「絶対ダメ」と言われない限りは、規制をはずれてもやらなければならない場面も出てくる。なにしろ、前例のない、未曾有の大災害であるのだから、前例のない、未曾有の対応が必要であると、腹をくくって臨むべきである。災害復興とは、そういったものである。

 

事業の協力者

住民自身の意識
 災害復興は、基礎的自治体が進めるのだが、自治体とは人の集まりであり、自治体イコール住民の集合であるのだから、災害復興にあたるのは、住民であるともいえる。住民自身が被災者であり、復興のために自ら立ち上がるには、力が奪われているという状況ではある。そうではあっても、住民が復興の主体であるという立場は変わらない。

 被災直後の修羅場では、住民が主体的に動く余裕はないにしても、その後も生活は続くのだから、復興は自分たちのためにもやらなければならない。実際のところ、自治体任せにせず、自分たちでやってこそ、ほんとうの復興が達成できる。行政としての自治体は、本来は、そういった住民への支援に回るという役割である。

 実際に住民自身が復興活動に関わるのは、むずかしいことである。そうではあるが、住民が復興の主体であるという意識を住民自身が持つことが重要である。

 このことは、「復興は住民の同意をとりつけつつ進められるべきである」という以上の意味がある。住民による主体者意識を基本においた主体者としての行動は、復興の全過程を通じて期待される。

地方議会の役割
 被災地の復興について、地方議会は役割を果たしているだろうか。復興に関しての被災住民一人ひとりの要望は、さまざまである。その要望に対応する、きめの細かな支援こそが求められる。そういった要望を集約し、行政に届けるのは議員一人ひとりの役目であり、要望実現のためには、議会が一丸となって取り組むべきである。

 そういった役割を議会が果たしているか、自治体ごとに大きな差があるのが実態である。平常時においては、地方議会の姿が見えない、何をやっているのかわからないという状態であった。こういう非常時こそ、議会の働きどころである。にもかかわらず、ほとんど動いていない議会があるのは困ったことではある。

企業、団体、ボランティアの力
 災害復旧の場面では、全国各地から駆けつけたボランティアが大きな力を発揮した。

 受け入れる自治体のほうでは、ボランティアを的確に受け入れるための調整までは手が回らないという状況も見られたが、災害発生直後の混乱の中では、無理もないところではある。

 ボランティアのほうでも、被災地には土地勘がないし、他のボランティアの活動状況もわからないままに、どう動いていいかとまどう状況が多く見られた。これはこれで、ボランティア活動の限界であるから仕方がない。

 被災地に来てもらうだけで、ありがたいものだし、いずれ活動がうまく回っていく。だから、ともかく受け入れる。そして自治体としては、的確に指示、誘導はできないまでも、邪魔だけはしないという姿勢が期待される。そして、ボランティアには、一過性の支援に終わらずに、継続的に関わってもらいたい。

 今回の被災地支援では、企業の動きが目立った。特にめざましい活躍をしたのが宅急便のヤマトグループである。東北3県の復興事業に対し、宅急便1個につき10円を寄付として集め、1年間に130億円(会社の利益の4割)を拠出するということだけでも、すごいことである。

 さらに、ヤマトグループの支援活動で特筆すべきは、支援活動が日常の業務の一環として行われていることである。物流を業とする企業の強みを生かした支援活動であり、「物を届ける、心を届ける」という企業哲学そのものの実践である。

 さらに特筆すべきは、支援を言い出したのが、社員であったということ。社長の命令で始まったのではない。ヤマトグループの企業文化のDNAが引き継がれているからこそ、こういった支援がごく自然に行われる。

 企業や団体、力のある人材が、災害発生後、即座に支援に駆けつけた例は数多く見られた。首長個人の日頃の「外交」努力、自治体の旺盛な活動ぶりが、友好的な仲間のネットワークの形成につながり、そのネットワークが災害時の支援となって現れる。今さらながらではあるが、自治体による、自治体の外に向けた日常活動の重要性を想起させる。

 被災地の復興は息の長い事業である。基礎自治体が中心になって進めていくことになるが、そのためのガバナンスが重要である。自治体以外の多くの人たちを巻き込み、協力を得ながらでなければ復興は実現できない。未曾有の災害による被災に立ち向かう行政の力が問われる。


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