浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

2011年8月5日
年金広報 Vol.627
執筆原稿から

災厄と社会保障制度

社会保障制度の根幹は、公共の力に支えられた相互扶助である。ゆるぎない社会保障制度とするため、「分かちあい」「明日はわが身」という考え方が必要ではないだろうか、と自身の壮絶な闘病体験、また、故郷・宮城県をも含む東日本を襲った大震災を通して浅野氏は考える。

日本中が震撼した未曾有の災害 
 今年の3月11日、大地震と巨大津波が、私のふるさとである宮城県を含む東日本を襲った。東日本大震災と名づけられたこの災害がもたらした被害は、これまでの日本の災害の歴史にないような甚大なものである。

 東京電力福島第一原子力発電所では、チェリノブイリ原発事故に匹敵するレベル7の事故を起こしてしまった。まさに、未曾有の災害に、日本中が震え上がった。その傷跡は、今もなくならない。多くの方が、いまだに避難所暮らしを続けており、原発事故のため、ふるさとを離れて避難を余儀なくされている方々も大勢いる。  

 災害発生直後から、全国各地から救援の手が差し伸べられた。警察、消防だけでなく、最大10万人規模で投入された自衛隊員は、人命救助をはじめとして、災害復旧のための困難な作業を獅子奮迅の活躍でこなしていった。

 全国各地から救援物資が届けられ、ボランティアが大勢駆けつけた。義捐金は、史上類を見ないほどの額に達した。被災地のために、国の総力が結集して、復旧・復興の支援をしている。

印象深い天皇陛下のお言葉
 
震災後、天皇陛下から、お言葉が寄せられた。その中にあった「被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆が、さまざまな形で少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います」という一節が、特に印象深い。

 「分かちあう」という言葉ほど、被災地の人たちと国民一般を結びつけるのに適当な表現はない。思いを分かちあう、痛みをわかちあう、そして希望も分かちあう。そのことを知って、被災地の人たちは、どれだけ心が慰められたことだろう。大きな勇気が湧いてくるのを感じたはずである。  

被災地の痛みを分かちあう国民性
 原発事故があり、首都圏では、一時期、電力需給が逼迫した。計画停電が実施され、電車が止まったり、大幅な間引き運転を余儀なくされたりした。真夏の電力需要の増大に対応して、企業も住民も、大幅な節電を求められている。その時の、住民の反応は、これまで同じような状況が現出した時とは、様子が大きく違っていた。不平不満もあるだろうが、じっとそれを飲みこんで、駅でじっと電車を待っていた。駅員に食ってかかる風景はまったくない。節電が徹底し過ぎて、クーラー使用を自粛し、熱中症にかかる人まで出てしまっている。

 被災地の痛みを分かちあうという精神が、こういった自制的な行動を支えている。節電をすることは、不自由な生活を甘受することである。なぜ、そのよう不自由な生活をしなければならないかの理由を十分理解し、そのうえで、それを行動で示すだけの節度をわきまえているのは、我が国の国民性として、誇っていいことであろう。それが、被災者への支援として、実質的にも、精神的にも、大きな力となって現われている。

我が闘病生活
 苦難の時の支えということでは、私の個人的感慨を語りたい。2009年の5月、ATL(成人T細胞白血病)という病を得て、厳しい入院生活を送った。治療が身体的に厳しいというだけではない。入院により仕事を離れ、収入の途が途絶えた。医療費負担も長期にわたり、家計を圧迫する。しかし、その大変さの中で、健康保険制度の存在は、私にとって大きな救いであった。がんの治療であるから、高度医療であり、医療費も高い。そのほとんどを健康保険が賄ってくれる。高額医療費制度により、自己負担は抑えられた。傷病手当金により収入減を補ってくれるのが、ありがたかった。

 直接的に私の命を救ってくれたのは、骨髄移植のドナーである。ATLは骨髄移植しなければ完治できない。治療に入ってからは、ドナーがみつかることを、ひたすら祈っていた。幸い、私と白血球の型が完全に一致するドナーがみつかり、無事、骨髄移植を受けることができた。骨髄移植を受ける患者より、骨髄を提供するドナーの身体的負担ははるかに大きい。時間も取られるし、仕事も休まなくてはならない。無償の行為である。現在、骨髄バンクに登録している人は、36万人を超える。こんなにも多くの方が、名前も知らない患者の命を救うために、ドナーになることを望んでいる。そのおかげで、私の命は救われた。

国難を共に分かちあう心  
 私たちは、大震災による悲惨な被害に胸を痛める一方で、生活を支える物資、復旧のための労力、復興に資するお金、困難を共に分かちあう心が、全国各地から被災地に寄せられるのを目撃している。予期せぬ災厄、自分たちの責任ではない困難に直面している人たちに対する、公共の力の具体化である。そこには、まちがいなく、「明日はわが身」という思いがある。同じように、誰にでも起こりうる災厄に対しての公共の力の発動を制度化したものが、社会保障制度である。そのことを、考えてみる。

 高齢になり、就労による収入を失った人への年金制度、私が白血病に罹った時のように、医療費を負担してくれる医療保険制度、高齢による介護が必要になった時に支援を受けられる介護保険制度、こういった諸制度が、ひとくくり社会保障制度と呼ばれる。人生の中で現われてくる困難に、自分たちだけで対応せよと言われても、多くの人にとってはできない相談である。社会保障制度が存在することにより、われわれは、「いざという時」に、公共の力が発揮されて、窮状を救ってくれることを、あらかじめ知っている。これが生活上の安心感につながる。

 東日本大震災の被災者に対する支援は、まずは、自衛隊、警察、消防といった国家、自治体の持っている資源を使って行われた。これだけの大災害への対応は、社会防衛そのもので、それをやるために国家は存在し、自治体は機能する。これだけが「公共」と呼ぶべきもののすべてではない。国家や自治体による支援だけでは、被災地の復旧、復興には十分でない。名も知らない、会ったこともない被災地の人たちに対して送られる支援があって、被災地は復旧し、復興する。親戚、知人を限定対象にする私的支援とは違って、これは公共の力である。

 公共の力を発揮に導くものは、国民の間の分かちあいの心である。被災を「明日はわが身」と受け止め、自分ごととする意識である。社会保障制度の根幹は、公共の力に支えられた相互扶助である。だとすれば、社会保障制度の運営で心しなければならないことは、単に制度を整えるだけではない。日本全体として、全国民が、東日本大震災の発生から、被災地の復旧・復興に至る過程で起きていることを心に刻み、そこから自然に湧いてくる分かちあいの心、「明日はわが身」の思いをしっかりと見つめることが大事である。それが、我が国の社会保障制度をゆるぎないものにすることにつながる。

国民全体が財政負担を正面から論じるとき
 「社会保障・税の一体改革」の論議が進められている。その中で、消費税の引き上げが不可避のものとして論じられている。「社会保障制度の財源が足らないのだから、増税は仕方がないだろう」という形で、国民を納得させようとしたら、まとまるものもまとまらない。分かちあい、「明日はわが身」の制度として、国民全体として、財政負担をどのようにしていくべきなのかを、正面から論じるべきである。そんなことを理解できない国民ではない。理解し、納得すれば、計画停電、節電要請を前向きに引き受けることができる国民としては、消費税の引き上げだろうがなんだろうが、負担が増えることについて、本気で不平不満を漏らすことはないと信じたい。

 東日本大震災は、東北地方に甚大な被害をもたらした。その被害の大きさと、災害の爪あとの生々しさに、果たして、以前活気ある地域に戻ることができるのだろうかと思うこともあるかもしれないが、決してあきらめてはならない。絶対に復興はできる。被災地の人たちが、そう確信することから、復興への途が開かれる。自分たちだけで戦っているのではない。全国から、海外からも、熱い目が見守っている。そういった人たちの力も知恵も借りて、ともに戦い抜く先に、希望の光が待っている。復興は元に戻るだけでは留まらない。新しい町でうくりの経過を通して、新しい価値の創造がなされる。そのことも信じたい。


TOP][NEWS][日記][メルマガ][記事][連載][プロフィール][著作][夢ネットワーク][リンク

(c)浅野史郎・夢ネットワーク mailto:yumenet@asanoshiro.org