浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

2006年9月18日
朝日新聞 
時流自論  
執筆原稿から


新首相は即座に衆院解散を

 自民党の総裁選挙が目の前である。経過を見ていて、どうにも違和感を覚えることがある。煎じ詰めれば、国を挙げての「与党ボケ」からくるおかしな現象ということである。

  自民党総裁選の過程を眺めていると、自民党にとって、政権与党であり続けることが何よりも大事であると考えていることがよくわかる。

  立候補予定者の政策など発表になる前から、安倍晋三氏支持の雪崩現象が起きていた。理由は明確である。マスコミ各社が実施する「世論調査」なるものを見れば、安倍氏の国民的人気が高いことは、疑問の余地がない。その人気があれば、国政選挙でも自民党を勝利に導いてくれるだろうという期待から、安倍氏への傾斜が決定的になった。小泉人気に寄りかかったら、劣勢が伝えられていた参議院選挙で大勝利を収めてしまった。その成功体験が忘れられないのだろう。

  政党にとっては、政策の実現こそが存在意義である。その政党が、「政策よりも、国政選挙の顔として勝てる人」ということを基準に総裁を選ぼうとしていることは、政党としての自殺行為に近い。郵政民営化という政策が争点だった昨年の「9・11総選挙」に際して、郵政民営化法案に反対した自民党議員に対し、自民党総裁たる小泉純一郎氏が「刺客」を送り込んだ手法には、党内にも批判があったが、「政策実現こそ命」という政党の論理からいったら、あれこそがまともなやり方であった。

  そんなことが、ほんの少し前に起きたにもかかわらず、目の前の自民党総裁選では、「与党であり続けたい」というホンネが前面にギラギラしているかのごとき様相を示している。自民党という政策集団ではなく、与党という党しかないという行動様式、思考形態は、与党ボケそのものであろう。

  与党ボケは、国民やマスコミの間でも見られる。マスコミの世論調査では、自民党総裁選挙の候補者だけを並べた選択肢から「次の首相にふさわしいのはだれか」を選ばせている。

 新聞の読者者投稿欄に、「大事な自民党総裁選に、我々一般国民が全く関われないのは不満である」というのがあって驚いた。自民党総裁イコール総理大臣ということが、短い期間の例外を除いてずっと続いてきたという歴史的事実でしかないことが、制度上のことであるかのように誤解されているのである。

  自民党員でもない国民が関与できるのは、自民党総裁も「候補者」の一人となる、国会での首相指名選挙に「先立つ」衆院選挙の場面である。だから、前出の読書の声として怒りが向けられるべきは、自民党総裁選に関われないことではなくて、「先立つ」衆院選挙が実施されないことに対してのものであるべきである。

  これこそが私の主張である。決勝戦に先立つ予選に位置づけられる自民党総裁選が終わり、最大のライバルである民主党の代表が正式に選ばれたら、なるべく早く決勝戦をやりなさいということである。つまりは、新首相は、衆院の解散をしたらどうか。

 「政権の正統性」ということからも、衆院選挙を経ないで成り立つ政権は国民の信任をまだ得ていないのだから、その足場は弱い。そんなことでは、憲法改正や消費税引き上げなど、議論すら持ち出せないだろう。政権のためにも、解散をして民意を問い、正々堂々たる政権を打ち立ててこそ思いきった改革にも打って出られる。小泉政権での郵政民営化の課題達成は、あの総選挙での大勝利があったからこそもたらされたことを、今更引用するまでもない。

 何回か前の衆院選は、自民党が下野する可能性もゼロではなかった。その選挙の際に、ある自民党候補者が「政権とのパイプ役になる私に投票を」という演説をしていたのを聞いて、「なんたること」と慨嘆してしまった。仮に、その選挙で自民党が下野したとして、その次の選挙で彼はどういった演説をするのだろうか。彼にとっては、自民党という政策政党があるのではなく、与党という名前の政党があるとしか受け止められていない。「私は自主憲法制定に全力を尽くす」という公約で戦うのなら、仮に自民党が野党になってからでも通用する。そこのところの違いが彼にはわからない。これが与党ボケである。

 社会党が野党第一党の頃だから、相当昔のことになる。衆議院選挙を目の前にして、東京・三宅坂の党本部に、「憲法改正発議阻止のために3分の1を死守しよう」という垂れ幕がかかっていた。どんな国のどんな選挙においても、野党第一党の選挙スローガンの定番は「政権奪取」に決まっている。それを「3分の1」と言ってしまうとは。これが野党ボケである。

  内閣総理大臣は、国民が選ぶ国会議員の多数が指名することで決まるのが「憲政の常道」。それに沿った「新首相はただちに衆院解散・総選挙で国民の信を問え」という国民世論がいっこうに盛り上がらないことを見ると、この国に「ほんものの民主主義」が根づくのには、まだまだ時間がかかるのかなと思ってしまう。



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