浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

中国新聞 2002年6月10日
インタビュー記事
医療・福祉の先進県を目指す宮城県の
取り組みが、全国の注目を集めている。
広島県が建設を見送った県立の子ども病院も、
来秋オープンする。がん患者が安心して過ごせる
在宅ホスピスケアのシステム、知的障害者の
グループホーム整備...。厳しい財政の中で
福祉立県を進める狙いとシナリオを、3期目に
入った浅野史郎知事(54)に聞いた。
(編集員・山内雅弥)

医療・福祉先進県へのシナリオ
安心社会 地方から築く

在宅ホスピスを充実
新しい試み

ー知事就任から9年目。福祉先進県のかたちは見えてきましたか。

 安心、安全で、新の意味の豊かさを享受できる県にしていかなければならない。福祉先進県を目指すというのも、そういう文脈の中にあって、新しい福祉のあり方を、宮城県から発信していこうという思いがあった。

 単純すぎるかもしれないが、老人ホームの数をどんどん増やすという方向で問題を解決していくより、地域の中でずっと住み続けていけるようにすることの方が、もっと大切なのではないか。そのための手段を充実していこうと考えた。高齢者のみならず、障害がある人についても、同じことがいえると思う。

―具体的には、どんなことを。

 グループホームもその一つだ。知的障害者のグループホームは、私が旧厚生省で障害福祉課長を務めていた時代に全国規模で始めたものだが、知事に就任した時には県内8ヵ所しかなかった。それが現在は100ヵ所。まだまだ空白の町村もあるが、人口比では全国トップクラスになっている。

 就任してすぐ、障害者関係の4つの施設を1ヵ所に集めようという「保健医療福祉中核施設」の構想に、ストップを掛けた。中止の判断を下したのは、それが21世紀型福祉のモデルととられては困るから。地域の中に住み続けるという考え方とは、全く対極にあるものだ。

―末期がん患者などのホスピスケアも地域で、という考え方ですか。

 がんセンターを拠点に、在宅ホスピスケアのシステムをつくった。自宅にいながら、病院と同じように、痛みの緩和などのケアが受けられる。麻酔科を含めた医師、看護婦、薬局、介護関係者がチームになって対応していことになる。

 県立がんセンターに今月、ホスピス病棟がオープンした。まず、がんセンターを中心に取り組みながら、ゆくゆくは全県内でこのシステムを確立していこうということで進めている。


不採算・・・でも不可欠施設
子ども病院

―来年秋、仙台市内にオープンする宮城県立子ども病院は、住民の署名運動がきっかけになったと聞きました。

 6年くらい前、20万人に近い県民の方の署名が集まった。県民にとっても、強い期待であったということです。小児専門病院は東北地方に一ヵ所もない。そういう状態で、子どもの命に責任が持てるかということがある。子ども病院を建てることが最終目的ではなくて、小児医療システムをしっかりとつくるのが狙い。県の小児医療全体のレベルを上げるためには、子ども病院は不可欠な中核施設と位置付けている。

―当時も厳しい財政事情は変わりません。130億円余りに上る巨費を投じて、建設を決断した理由は。

 県民全員にとっての関心事であるし、子どもの数が少なくなっている。1人ひとりのこどもを、大事にしなければいけない。子どもや親が安心して暮らせるようにすることは、県政の中でも重要な部分だと思う。

 確かに、お金が余っているわけではない。しかし、こういう時期になっても、「ほかの事業をやめても、子ども病院はやめるな」という県民の期待は、非常に大きいものがある。

― 一方で、県議会などから「この時期にやる必要はない」という議論がありませんか。

 もちろんある。今の財政状況で、新しく計画を立てるのは、なかなか難しい。しかし、前に計画して、やると決めたものを、「看板を下ろすのか」と言われたら、そこはなんとか頑張りたい。

 経済的にも不採算は分かっているが、必要経費と考えている。そこそこやれるのなら、何も県立でやる必要はない。ただ、開設者は県だが、運営を民間にすることで、機動的な人員配置などが期待できる。その分、経費の圧縮はできるのではないか。

 署名運動を通じ、「何か、かかわりたい」というボランティアへの機運も盛り上がっている。それをしっかり受け止めて、思いがつながるようにしていきたい。子ども病院を拠点に新しいボランティア文化が根付けば、と願っている。


福祉の視点経済と両立
少子・高齢化の未来

―地方は少子・高齢化が深刻です。どう未来図を描きますか。

 大量生産・大量消費・大量廃棄が幸せにつながるというのは、まさに20世紀型、東京型の豊かさだ。しかし、21世紀型の本物の豊かさは、東京型とは違う。住みやすさでは、特色を持っている地方が勝る。

 「障害があっても、安心して生きられる」「環境が守られている」「生活にゆとりがある」などで勝負するには、福祉の視点は欠かせない。われわれが基軸と考えるのは福祉・環境・教育。20世紀型では「余裕があったらやる」分野だった。

 人間は本来福祉・環境・教育のために生きている。だから、その部分の充実を図るのは当然。もちろん、産業振興が必要であることは言うまでもないが、豊かになった分を何に使うかという政策の方向が重要になる。

―その方向とは。

 できない部分を数えるのではなく、残った部分を生かしていくのが、人間として生きることである―というコンセプトを持つことだ。そうすれば、福祉の対象は決して特別ではないと分かる。残存能力を生かして暮らしているという点では、みんな同じ延長線上。地域で生き続けられる体制をつくるための支援に力を入れる理由は、そこにある。

―経済か、福祉かの二者択一ではないと?

 経済政策と社会政策とは2本柱。今までの矢印は、経済政策で金をもうけ、福祉に回すという方向だった。景気が浮揚しないのは、老後の不安があって金を使えないからだ。医療保険や年金、介護に安心感を持てるシステムをつくることが、消費の拡大にもつながる。

 「福祉はパイ(経済)の切れ端」という意識がなお根強いが、二つの並び立つ両輪と考えるべき。「みんなが要介護になりうる」という認識の下に保険料を取る介護保険が、一つの突破口を開いたことは間違いない。

―福祉分野以外でも宮城発の施策が何かと注目されていますね。

 地方から施策を打ち出していく意義を感じているが、なかなか難しい。地域とかに関係なく、気の合った知事同士が問題を持ち寄りながら、集まっている。一人ならつぶされることでも、何人か集まれば無視できない。悪いことをやってなければ、目立った方がいい。それが、県民に自信と誇りを与える部分もあると思いますよ。

視角
中央任せ・横並び脱皮を

 宮城の元気を支えているのが、浅野知事の提唱する「安心」「安全」「地域」というキーワード。だれしも、住み慣れた地域で安心して暮らし続けたい。それを支援するのが行政の役割というわけだ。

 知的障害者や痴ほう症の高齢者のグループホームを大幅に増やし、全国に先駆けた在宅重視の施策を、次々に打ち出している。厳しい財政の下、あえて同県が子ども病院建設に踏み切ったのも、県民の願いにこたえたものだった。

 広島県でも、子ども病院建設も求め、18万人の署名が集まった。2年前、県立広島病院の総合周産期母子医療センターを核に、新生児や母体を対象とする医療システムができたものの、小児専門病院はない。がんセンター計画も、財政難などを理由にとん挫した。

 少子・高齢化が深刻化している地方。2000年国勢調査で、広島県の人口が5年前より0.1% 減少したのと対照的に、宮城県は1.6%増えた。大都市圏以外では、さらに人口減少が進むという専門家の予測もある。その意味でも宮城の挑戦は、一つの可能性を示している。

 「隣の芝生が青く見える」のも確かだが、いいところは、どんどんまねたらいい。中央任せや横並びでなく、地域同士が互いの経験や知恵を学び合う中から、地方の生き残る道筋もみえてくる。(山内)


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