浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 10月第5週分          

2011.10.31(月)

小春日和のキャンパス    

 10月最後の日は、日が燦燦と輝く穏やかで暖かい日和である。小春日和、Indian summerというのは、こういう日和を言うのだろう。そんな中で、今日は慶応大学SFCでの授業をこなした。早慶戦は開催されないので、正規の授業である。2時限の「地方自治論」では、前回積み残した「知事とは何か」の講義をした後、授業の後半は「大阪都構想」と「橋下大阪府知事の大阪市長への鞍替え出馬」について、学生の意見を聴いた。この問題に関する新聞記事を配って、7分間で読ませたうえでの意見聴取なのだが、私から見ると、新聞の読み方が甘い、遅い。白熱の意見交換というまでは、いかない。それでも、だんだん、まともな意見が出るようになったのは、進歩というべきか。

 4時限には、精神障害者問題について、滝沢武久さんをゲストスピーカーにお招きして、話を聴いた。精神障害者の問題は、学生にとっても、あまり考えたことがない分野なので、初めて聴く話に、感動よりも驚きを感じながらの講義だったようである。滝沢さんは、来年70歳になるとは思えないほど、元気一杯だったのが、私としてはうれしかった。


2011.10.30(日)

早慶戦で慶應連敗    

 朝、散歩にでかける前に、TBSテレビをつけたら、健康番組で排尿障害についてやっていた。私も、夜間の頻尿に悩まされているので、熱心に見入ってしまう。加齢現象で、膀胱内の尿量を知らせるセンサーが異常になり、膀胱に尿がたまっていないのに尿意を催すようになることを知った。一日8回以上、夜間1回以上の排尿を頻尿というらしい。夜間は最低3回、多いときは5回も排尿に起きるのだから、私は、立派な頻尿「患者」ということになる。

 番組を見ていたので、散歩への出発が7時半近くになってしまった。きりっとした空気の中で10分+10分の散歩を楽しんだ。この季節の散歩は、「楽しむ」という表現が似合う。本格的な寒さがやってくるまでの短い期間。せいぜい、この季節を楽しみたい。

 午後からは、テレビで野球観戦。NHKのEテレで早慶戦、BS1で日本ハム対西武戦。チャンネルを頻繁に変えつつ、二つの試合を見ていた。今日の早慶戦で慶應が勝つと、対戦成績が1勝1敗となり、明日第三戦が行われるため、明日の授業が休講となる。ぜひ授業は開講したいと思っていたので、早稲田に勝って欲しい。一方、応援するのは慶應である。結果は、早稲田の勝利。明日の授業は開講だ。「残念」と「よかった」と交々の感。  日本ハム対西武は、西武の連勝で、西武は次のステージのソフトバンク戦に臨む。日本ハムは、本拠地での試合というアドヴァンテージを生かせず、2位でありながら、これでシーズン終了。初戦、ダルビッシュ投手で勝てなかったのがすべてだろう。日本ハム選手、監督の悔しさが伝わってくる。


2011.10.29(土)

クライマックス・シリーズ開幕    

 横浜の朝6時半の気温は12℃。陽が出ているし、風もなく、雲ひとつない青空。気温ほどの寒さは感じずに、散歩を楽しんだ。西に向かう往路は、"♪sunshine on my shoulders♪"(John Denver)、帰りはお日様がまともに目に入りまぶしい。10分+9分40秒の散歩は、今日も元気とやる気を与えてくれる。引用した歌詞は、sunshine on my shoulders makes me happy、sunshine in my eyes can make me cry(肩にあたるお日様は私を幸福にしてくれる、目に入るお日様は私を泣かせられる)と続く。まぶしいから泣くのかね、悲しくなって泣くのかね。私はうれしくて泣く。

 プロ野球のクライマックス・シリーズが始まった。昼に、パリーグの日本ハム対西武、夜にセリーグのヤクルト対巨人。どちらが勝ってもいいと思って見ると、野球は面白くない。昨年は、レギュラーシーズンで3位のロッテが優勝した。今シーズン、ダントツ1位だったソフトバンクが日本シリーズに出られなくなったとしたら、それは正義に反するのではないか。そんな思いがあるので、今回は、日本ハムとヤクルトを応援した。日本ハムは逆転負けしてしまったが、ヤクルトは巨人を破った。明日の試合も、楽しみである。


2011.10.28(金)

インフルエンザの予防接種    

 今朝の最低気温は12℃。この秋の一番の寒さである。その寒さの中の散歩では、トレーニングウエアを着込んででかけた。歩いていれば、身体は暖かくなるが、手が冷たい。これからは、手袋が必要になるなと思いながら、10分+10分の散歩を終えた。

 昼前に、妻と義母の三人で連れ立って、インフルエンザの予防接種を受けるために、横浜駅近くのクリニックへでかけた。このクリニックは、泌尿器科が専門なのだが、医師がとてもていねいで親切である。患者で混み合うということもないクリニックなので、感染の心配がない。特に、風引きの子どもが行かないところなので、安心である。予防接種を受けにいって、風邪を拾ってくるのでは、洒落にならない。「前回の予防接種は、1月でしたね。今年は早めの対応でよかったです」と、注射の前に医師から言われた。ちゃんと記録を読んでいる。これで、今年のインフルエンザへの備えはできた。かかっても、軽く済むだろう。


2011.10.27(木)

多摩大学の公開講座    

 国立がん研究センター中央病院で外来受診。待合の廊下で同病の南克己さんに会った。お元気で、どこも異常なく、職場にも復帰したとのこと。センターの駐車場のところで、骨髄移植仲間の田中君代さんがご主人とご一緒のところでばったり。ご主人は食通で、近所のおいしい昼食の店を教えていただいた。情報交換は、病気のことだけではない。田中さんもお元気でなにより。私のほうは、血液検査結果も異常なし。元気でセンターを後にした。

 後にして、赴いたところは、多摩大学。畏友寺島実郎さんの紹介で、多摩大学の公開講座(寺島実郎監修リレー講座――現代世界解析講座)の講師を務める。公開講座は、春、秋と年二回、いずれも12回ずつの連続講座である。始まって、4年目になる。私は、1年目に一度講師を務めたあと、2年前には、直前に入院してしまい、予定していた講師役をドタキャンしてしまった。2年間休んで、今回、講師復帰ということになる。

 多摩大学の学生200人、公開講座の受講者300人という教室での授業である。授業を始めるまでは、結構不安もあったのだが、受講者の熱心な受講態度に力づけられて、目一杯の授業を務めることができた。75分(プラス前座7分)の授業では、受講生への意見強要の場面も持てたし、それなりに満足のいくものだった。同行した妻によれば、授業終了後は、私の声がかすれていたとのこと。いつものSFCの講義より、声を張り上げたところがあったからだろうか。快い疲れとともに、多摩大学を後にした。といっても、往復とも、寺島文庫の林美紀さん、田坂毅さんに同行いただいて、中島さんの運転する寺島文庫のメルセデスベンツのバンでお送りいただいた。こうやって、この公開講座に復帰できたことが、なによりもうれしい。寺島さんをはじめ、寺島文庫のスタッフの皆様にも、感謝感謝である。


2011.10.26(水)

興味深い新聞記事    

 朝の涼しさは、これまでにないほど。最低気温は、14.9℃だった。風が吹くと、「寒い」の声が出る一歩手前。そんな中を10分+9分43秒の散歩を楽しんだ。まだまだ時間を伸ばさないで、じっくり、慎重に取り組むつもりである。

 23日(日)の東京新聞が郵便で届いた。この日の読書欄に私の書評が掲載されている。「盲ろう者として生きて」福島智著(明石書店)についてのものである。書評の最後に「あらゆる意味で、驚異の本である」と書いたが、単に障害者による、障害者についての本ではない。人間存在の根源にまで迫る哲学書の趣もあるし、コミュニケーションの位置づけを示す学術書でもある。そして、盲ろうという障害を持ちながら(実は、「持っているがゆえに」なのだが)これだけの思索をなしうる驚異に圧倒されるだろう。

 新聞といえば、今日の朝日新聞に、興味深い企画が二つ載っている。教育欄に「知事が決める教育目標−大阪府教育基本条例とは(上)」が掲載されている。このタイトルだけで、朝日新聞のこの問題への批判的スタンスが読み取れるような気がするが、それはともかく、いい企画である。もうひとつの記事は、オピニオン欄に載った「原発と自治体とカネ」である。村上達也茨城県東海村長が「繁栄は一炊の夢だった。東海第二は廃炉に」、西原茂樹静岡県牧之原市長も「工場移転させぬ切り札。「浜岡」永久停止に」と語るのに対し、河瀬一治福井県敦賀市長は「『地域産業』市民も理解。『敦賀』増設したい」とまったく正反対の意見を述べる。原発反対と原発推進の「論理」の違いが、わかりすぎるぐらいわかる。どっちの「論理」が共感を呼ぶか、既にして「勝負あった」という感じだが、読者はどう読むかは、別問題である。だからこそ、こういう企画は貴重である。新聞の使命はこういう企画にこそある。授業で、学生に読ませたい。


2011.10.25(火)

三歩進んで二歩下がる    

 朝、涼しい中で、散歩。10分+10分13秒。15分+15分まで伸ばした散歩時間だったが、このところ何日か休んだので、またここから始めることになった。「三歩進んで二歩下がる」を忠実に実行している。「無理は禁物」と自分に言い聞かせながら。

 午前中は、来週の「地方自治論」の授業準備に専念。レジュメはできたので、SA(student assistant)にメールで送る。この授業でSAを務める神野翔君と井田晟子さんは、気働きで実によく手伝ってくれる。来週の授業では、このレジュメを印刷して、学生配布用に並べておくのは、SAの仕事である。  


2011.10.24(月)

今日も授業で手応え    

 慶応大学SFCでの授業の日。先週同様に、電車で行くつもりでいたら、妻と義母から、「タクシーで行きなさい」と言われ、往復ともタクシー通勤にした。「このところ、いろいろ活動が続いていたから、疲れがたまっている」ことを心配してくれての助言である。身体第一であるので、ここは素直に従った。

 2時限の「地方自治論」は「知事(業)とは何か」を扱った。11項目の「何か」を用意したが、それぞれの項目で、自分の知事体験をエピソードつきで話していたら、時間が足りなくなった。6項目まで終えて、残りは次回。「一人称で語る政治学」を標榜しているが、どうしても話があちこち広がってしまうのは、これまで同様である。時間配分は、やはり、もうすこし考慮しないといけないとは思うが、自分にしかできない生々しいテーマだから、どうしても時間がかかってしまうのも仕方がない。それでも、何とかバランスをとろうと思いつつ、今日の授業を終えた。

 4時限は福祉のゼミ。今日のゲストスピーカーは、朝霞市手をつなぐ育成会の田中泰江会長。現在高校二年生の娘さんが自閉症。小学校、中学校と地域の普通学校の普通学級に在籍した。学校生活でのさまざまな困難、周りの無理解を乗り越えてきた軌跡を語り、障害児の教育は普通の生徒と一緒にやるべきだという信念を語る。学生も目を輝かして聴き入る。そして、田中さんの姿勢に理解を示すに至る。なにも経験のない学生が、ひとつずつ、少しずつ、障害者のあり方、地域のあり方、周囲の理解、保護者の責任について、考えを深めていく様子が見て取れる。


2011.10.23(日)

復帰歓迎の会    

 昼から、「浅野史郎さんの復帰を歓迎する会」が「シェ松尾青山サロン」で開催された。光子とともに出席。これまで23年間、何かあれば「パーティーやろうぜ」という私のわがままを引き受けて、何度も会合のお世話役をしてもらった佐藤進さんが、今回も世話役になって開催してくれたパーティーである。今回は、私の病気からの復帰を少人数で祝ってくれるという趣旨で、出席者も障害福祉関係の人に限っての会合である。これが、素晴らしい会合であった。

 長崎から田島良昭さん、北九州市から高松鶴吉さん、札幌市から小山内美智子さん、高崎市から渡辺次男さんが駆けつけてくれた。遠方からおいでの方のみのお名前のご紹介だが、総勢24人の方が出席してくださった。「シェ松尾」のおいしいご馳走をいただきながら、お一人お一人からスピーチをいただいた。私との出会いの思い出を、こもごもお話いただいて、「復帰おめでとう」で締めてもらう。お料理も素敵だし、ワインもおいしい。こんな素敵なお店をご紹介していただいた小林るつ子さんにも、感謝感謝である。

 こじんまりした会合だが、こんなにうれしいパーティーはない。病気から復帰し、元気な姿を皆さんに見ていただいた。スピーチしながら、感激して涙を流す方もいらっしゃる。こうやって、皆さんの元に帰ってこれたことがうれしい。皆さんに喜んで迎えてもらっていることがうれしい。  さあ、こういった仲間と障害福祉の仕事を、ぼちぼち、じっくりとやっていこうと思う。私にとって、かけがえのない財産は、こういう人たちだということを、改めて実感した今日のパーティーだった。


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