浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 12月第3週分          

2010.12.18(土)

 土曜日ということで、離床はいつもより遅い7:45.夜中に3回トイレに通ったが、よく眠れた。起きてすぐは、うっすら吐き気があったが、いつの間にか雲散した。体温も36.6℃と正常。こんな調子で毎日が過ぎていってくれるといい。

 時事通信の方から原稿依頼があった。地域主権についてということなので、自分としても関心を持っているし、大学への復帰を果たせば授業でも扱う問題だし、お受けすることにした。「締め切り(来年1月11日)が厳しくて」ということと「ご病気療養中なのに」と担当者はメールで恐縮していたが、身体的には不具合がないし、時間は余るほどあるので、気にしないでもらいたい。その原稿を今日書いてしまった。内容はともかく、書くのは速いほうである。昔から、締め切りの1週間前には原稿を送っていた。現在、二つの雑誌に連載の雑文を書いているが、原稿を書くということは、頭の訓練としても必要なことである。

 菅首相が、昨日、沖縄を訪問した。政府側の対応について、具体的提案を何も持たないで、ただ「ご理解ください、お願いします」だけでは、意味がないし、沖縄県民からの反発を招くことになる。そのことを心配して、今の時期の訪問はやめたほうがいいと思っていたのだが、結局、実行された。何度も訪問するということで、誠意を示すということはあるかもしれないが、回数を重ねればそれでよしとはならない。沖縄県としても歩み寄れるような方策を、政府部内で真剣に打ち立てなければならない。その上で、乾坤一擲の交渉に賭けるべきである。それしか、普天間問題の解決の方向は見出せない。

 「新防衛大綱」、「来年度税制改正大綱」が相次いで閣議決定された。新防衛大綱は、「防衛」と名がつくので、軍事面の対応について示されているのは当然だが、中国の脅威を前提にしたものと読めるので、このことが中国を刺激することになるのを危惧する。寺島実郎さんが、今朝の「ウエークアップ」で、外交政策と一体となった防衛方針を考えるべきたとコメントしていたが、そのとおりである。

 「来年度税制改正大綱」については、いろいろ批判もあろうが、消費税の引き上げについては、具体的に触れられていないことが、最大の問題である。国民一般の不興を買うのではないかと恐れての判断だとしたら、見込み違いである。参議院選挙で、民主党が負けたのは、菅首相が消費税引き上げについて前向きの発言をしたからではなくて、むしろ、消費税引き上げをやると決然と言わなかったことによると私は思っている。この問題に限らず、反対の声が上がることや不人気を招くことを恐れてはならない。大事な政策について、右に行くか左に行くか、十分な考察を重ねたうえで、エイヤッと決断して、その後はぶれずに突き進む。国民の政権への信頼を取り戻すには、それしかない。昨日も書いたが、政策だけでなく、「小沢問題」でも同じである。えらそうなことを言ってしまったかな。


2010.12.17(金)

 そんなに早く寝たわけでもないのに、4時過ぎに目が覚めてしまい、NHKの「ラジオ深夜便」を聴いていた。ふつうなら、半分聴きながら、また眠ってしまうのだが、面白い話だったので、最後まで聴き入ってしまった。4時05分から4時55分までの「こころの時代」に奈良市にある植村牧場の4代目牧場主、黒瀬礼子さんが出演していた。乳牛35頭という小さな牧場で、手作業で昔ながらの牛乳づくりを続けている。つい聴き入ってしまったのは、この牧場で働く21人中、14人が知的障害者であること、彼らを雇ったきかっけ、現在の働きぶり、彼らの成長の様子などを語る、黒瀬さんの明るい声の話しぶりが、とても魅力的だったからである。一番稼いでいる人は、月に10万円というのも、障害者就労の平均からすれば、多いほうに入る。ここで30年近く働いている人が2人いる。彼らに「ねえちゃん」と声をかけられながら、厳しい経営にもかかわらず、こういった仕事が楽しくて楽しくてという黒瀬さん。こんな牧場がある、こんな素敵な人がいる、感動しつつ聴いていた。

 昼過ぎ、総理官邸から、官房長官秘書官の大島さんはじめ3人の方が自宅においでになった。20日(月)に官邸で開催される「HTLV-1ウイルス対策の特命チーム」の最終会合に私は出席できないので、代わりにビデオレターを撮ることになった。今回の敏速な対応は、政治の力によるものであることなどを、カメラに向かって2分45秒で話した。「お茶でもどうぞ」というのを振り切って、3人は15分だけの滞在で、あわただしく官邸に戻っていった。今の官邸の様子など、こちらからも訊きたいことはあったのだが、彼らの忙しさもわかるので、今回は仕方がない。

小沢一郎さんが、岡田幹事長と会談し、政治倫理審査会への出席を改めて拒否した。10月26日の日記を読み返してみたら、「民主党執行部として、小沢氏は政倫審に出席すべきだと決めたうえで、もし小沢氏に拒否されたら、党を除名するという姿勢で臨まなければならない」と書いてある。まさに、岡田幹事長が今やろうとしていること、そのままである。本来、私があれを書いた10月時点でやるべきであって、今では時期を失していると危惧しないわけではないが、こうなったら、ぐらつかず、方針どおりに突き進むべきである。菅首相にとっても、どっちに転んでも後がないところまで追い込まれているのだから、ここは腹を決めて、リーダーシップを発揮すべきところである。


2010.12.16(木)

 ATL(成人T細胞白血病)を発症して、1年半が過ぎた。いまだに自宅療養を続けている。今現在は、なんらかの治療を必要とする状況にはないが、経過観察ということと、まだ免疫力が弱いので、外での活動を控えるという意味で、自宅療養ということである。

 この病気との闘いは、長期戦である。以前に、これをマラソンレースにたとえた。35キロ地点を過ぎても、ゴールまでに何が起こるかわからないから、残りの区間を慎重に走ることが必要である。そういえば、今年の2月にがんセンターを退院する際に、田野崎先生に、「今は、マラソンでいえば、どのぐらいの地点に来ているのでしょうか」と尋ねたことを思い出す。田野崎先生の答は「10キロ地点だと思います」であった。ゴールはもう間近だと期待していた私は、甘かったのである。

 これとは違ったたとえ話として、闘いだから、戦闘にたとえたこともあった。ATL本体という正規軍との闘いでは、ほぼ勝利を収めたが、その後は、いつ、どこから出てくるかわからないゲリラとの闘いが待っている。今年、2月の退院後に、三回の入院を余儀なくされたが、これはゲリラとの闘いにあたる。いつも言うことであるが、これからも、慎重に、あせらず、前向きに進んでいきたい。


2010.12.15(水)

 朝起きて、窓から外を見たら、きれいな青空である。天気予報では、日中は暖かくなると言っていた。庭に出てみたら、日の光は暖かいし、風もない穏やかな天気である。そんな中に身を置いて、「これだけあったかいんだから、散歩に出かけてみようかな」とは考えない今の私である。「今月一杯はおとなしくしているように」という田野崎医師の指示を忠実に守ろうということでは、揺るぎがない。退院後一週間と一日、身体的にはどこも不具合なく日を送っているので、来週の月曜日の外来診察の際には、「散歩ぐらいしてもいいです」と言ってもらえるかなあと期待するが、ダメだろう。

 一週間前に退院してきた当座は、家の中が寒くてしょうがなかった。入院中は、病棟全体に暖房が入っており、その暖かさに慣れた身体には、暖房をしていない我が家は寒い場所だった。その寒さ対策と、風邪の予防という意味もあり、厚着をすることにした。今までは敬遠していたタイツを履き、寝る時には、腹巻もした。厚手のガウンもまとって、寒さ対策は十分であった。その後、部屋には暖房を入れるようになったし、身体のほうも慣れてきたが、いまだに退院直後の服装である。いったん身に着けると、なかなか脱げないものである。

 昨日の日記に、山口瞳さんの「追悼」(上)が送られてきたことを書いた。この本の中で追悼の文章を捧げられた31人中、一番枚数が多いのが梶山季之で、二番目が向田邦子である。向田邦子は私の大好きな作家であり、代表的な著作はすべて読んでいる。山口瞳さんの向田さんへの追悼文は、「木槿の花」というタイトルで、週刊新潮に連載していた「男性自身」に8回にわたって書いたものである。私は、単行本になった「男性自身」で、ここの部分を読んだように記憶している。山口さんの向田さんへの思い入れが、どれだけ強かったのかと察せられ、胸が締め付けられる思いで読んだ。今回、改めて「木槿の花」を読みながら、何度も涙が出てしまった。山口さんとは違った形だろうが、私も向田邦子には思い入れが深いのである。その人の追悼文を、これまた私が敬愛する山口瞳さんが書いているのだから、泣かずにはいられない。

 向田邦子さんが、台湾での航空機事故で亡くなったのは、昭和56年8月22日。なぜはっきり記憶しているかというと、8月18日に父が亡くなり、葬式やなんやで仙台の実家に居続けていたのだが、テレビの速報で「向田邦子さん事故死」が流れて、「えーっ、なんてこった」と叫んでしまった。父と向田さんと同じような時期に生を終えたという巡り合わせがあったからである。今回、山口瞳さんの向田邦子さんへの追悼の文章を読んで、「思い出トランプ」、「父の詫び状」、「眠る盃」、「あ・うん」など再読したいと強く思った。


2010.12.14(火)

 天気予報では暖かくなるということだったが、雲がおおった寒そうな陽気である。「寒そうな」と書いたのは、外に出ることなく、自宅にこもっている私としては、世の中が暖かいのか寒いのか、実感できないからである。

 山口治子さんから、「追悼」山口瞳著 論創社が送られてきた。山口瞳さんが80人に捧げた追悼文を一挙集成して本になった。私が山口瞳の熱心なファンだということを知った友人の常盤一之さんが、おじさんの常盤新平さんを通じて、山口瞳さんと食事をご一緒する場を設けてくれた。山口さんがひいきにしている、銀座のはき巻き岡田で、山口瞳さんと顔を合わせた。私にとっては、あこがれの作家と親しく話ができるなんて、夢のようなことである。そして、これが山口瞳さんとお会いする最後の機会になった。1995年8月、初めてお会いしてから1年経つか経たないかの時に、山口さんは肺がんのため逝去された。

 奥様の山口治子さんは、私が山口瞳さんのファンだということを、とてもうれしく思っていたようである。山口瞳さんが亡くなってから、折に触れ、お便りを頂戴したり、山口瞳さんの絵を集めた個展のご案内をいただいたりしていた。そして、今回は「追悼」をお送りいただいたということである。

 ここに集成されている文章のうちいくつかは、以前に読んだことがある。新聞や雑誌に掲載したもの以外は、山口さんの著作の中から採られている。山口さんの著作をほとんど全部読んでいるのだから、以前に読んだことがある文章に行き当たることは当然かもしれない。今回、改めて、まとめて読んでみて、山口さんの生き方の美学、簡単に言えば、山口節が快く胸に沁み込んできた。


2010.12.13(月)

 朝からどんより模様で、昼からは冷たい雨が降る寒い一日である。その寒い日に、築地のがんセンターの外来診察を受けた。昨日、「明日は外来だ」と、小学生の遠足の前日のように、楽しみにしているところがあった。田野崎医師の顔を見ないと不安だということもある。最後にお会いして、一週間しか経っていないのに、懐かしいという感じ。その診察であるが、検査結果は特に問題なし。CRPが、前回の0.82から0.11に下がっていたので、ほっとした。ほぼ正常値である。田野崎医師としては、GVHDの再燃がまだ心配なのだろうか、プレドニン(ステロイド剤)の一日量はこれまでどおり、7.5mgのままでいこうということになった。今回は、ステロイドの減らし方は、ゆっくり、慎重に進めたいとの意向と察している。

 外来の待合で、南さんと会った。私と同じく、ATLの患者で、東大医科研から田野崎医師へという流れも、タイミングも重なる方である。今回も、それぞれの状況についての情報交換などさせてもらった。こういう仲間がいることは、心強いことである。

 今日は、「飆風(ひょうふう)」車谷長吉著(文春文庫)を読んだ。標題を合わせて、3編の短編集である。同じ作者の「赤目四十八瀧心中未遂」は心に残る素晴らしい作品だった。平成10年上半期の第119回直木賞を受賞した作品であるが、その時の選考委員の選評をネットで見たが、委員の評価は一致して高かった。「飆風(ひょうふう)」をそれに比べてはいけないが、やはり、「赤目四十八瀧心中未遂」の小説としての完成度と迫力には及ばない。この短編集は、虚実ないまぜのところはあるらしいが、作者の実生活をもとにしている。無頼、破滅的生活の中で、「小説を書きたい」というまっとうな部分がある。そのバランスのよさが、読後の爽やかさをもたらしている。「小説を書くのは、人が死ぬからです」という認識で書かれる小説の重さ、危なっかしさを、今回の「飆風(ひょうふう)」を読んでいても感じた。


2010.12.12(日)

 次女の聡子は、司法修習生としての研修中で、この時期は、霞ヶ関の検察庁に通っている。朝は8時前に出て行く聡子のために朝食を準備するのは、このところ、おばあちゃんの役回りになっている。そのおばあちゃんが、昨日、風邪気味という状態であった。妻も風邪気味なので、風邪をうつしてはいけない患者たる私を抱えて、困った状況になっている。私は曜日にかかわらず、できたら6時半、遅くも7時半に起きるのだが、今日は妻から「もう少し寝ててください」と言われた。二人が風邪気味の状態、日曜日だから聡子もゆっくりでいい。よってもって、今日の活動開始は、8時過ぎになった。

 8時から、いつものように、TBSテレビ「サンデーモーニング」を見る。昨日、北京から帰ってきたばかりの寺島実郎さんから電話があり、「明日出るから」と聞いていたので、いつもより気合を込めて見ていた。いつもながら、さすがの寺島節である。短いながら、的確な表現で的を射ている。数字を引用しながらの説得力あるコメントに感心する。

 寺島さんと言えば、NHK総合テレビの「NHKスペシャル」が安全保障問題を連続で扱っていて、昨夜はその第4回の緊急討論「日本をどう守るか」に寺島さんが出ていた。討論には、寺島さんを含めて、この問題に精通した論客が出演しており、最後まで感心しつつ見ていた。在日米軍基地の扱いをはじめ、日米同盟をどう位置づけるか、日中関係のありようの中で中国とどうつきあっていくのか、多国間連携という新しい枠組みの可能性をどう考えるかなど、国民として、ふだんはあまり突き詰めて考えることのない課題について、中身のある、前向きな議論が展開されていたのが印象的であった。さすが、NHK、国谷裕子さんの落ち着いた司会ぶりも含め、いい番組を作るものだと感心しきり。

 今日の読書は、「ゴサインタン」篠田節子著(双葉社)。二段組400頁の大作である。物語としては、オカルトっぽいところがあり、私の好きな分野ではない。それを除けば、日本の農業の問題、豊かさとは何か、人間の幸せとは何かといった問題意識が読者に突き刺さってくる好著ではある。ネパールの山奥で生まれ育った女性を、嫁取りがむずかしい40男の結木輝和が農家の嫁として迎える。この女性(日本名で淑子と呼ばれる。そのこと自体が彼女のアイデンティティを損なっていることに、輝和は気がつかない。)は、神がかりで、数々の奇跡をもたらす。この辺のオカルトのにおいが、私には違和感ありで、素直に読み進めない要因となった。昨日読んだ「ハルカ・エイティ」の爽やかな読後感とは違って、腹に重い物を飲み込んだような気分になる。このところ、「当たり」続きだったが、これは私にとっては「はずれ」に近い。作品の出来ということとは別ではあるが。


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