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ジョギング日記  12月第1&2週分       

2007.12.8(土)

 ウエスティン・ホテル大阪で目覚めた朝。ホテルから近い淀川べりを走る初めてのコース。天気もよくて気温も高い。河川敷には野球場が多く、大勢の野球少年が朝早くから練習をしている。川は絶好のランニングコースである。景色もいいし、空気もいい。気持ちのいい走りであった。

 大阪から高松へ移動。瀬戸内海をマリンライナー号で渡る。天気がいいので景色が素晴らしい。栗林公園はあるし、讃岐うどんも食べたいのだが、講演をして、そのまま帰るだけの滞在時間ではどうにもならない。文字通り、師走というあわただしさ。


2007.12.7(金)

 TBSテレビ「朝ズバ」の出演を終えて、一仕事してから新幹線で京都経由茨木市へ。京都は、2年前の今頃行った頃は、紅葉の終わりを迎えていたが、今年は真っ盛りなのだろう。通り過ぎるだけで、美しい京都を見ることができないのが残念である。 


2007.12.6(木)

 諫早のホテルセンリュウで目覚めた朝。6:40から近くの本明川沿いを走る。夜明けが遅いので、かなり暗い。その暗さの中でも、吐く息の白さが見える。気温もかなり低そうである。暖かさが感じられるようになったのは、15分過ぎてから。だんだん明るくなってくる中で走るのは、視覚的に心地よい。寒さの中での走りも、ひどい寒さでなければ、心地よい。以前に一回走ったことのある諫早での走りは、結構印象に残るものであった。

 午後からは、読売テレビの「ミヤネ屋」に出演。木曜日に出るのは一月ぶりだろうか。木曜日担当のコメンテーター仲間と会うのも、久しぶりということになる。番組の中では「なつかしコーナー」のようなものが一番面白い。今日は、1976年だった。ロッキード事件などの社会現象とともに、当時のヒット曲、「およげたいやき君」、「北の宿から」、「木綿のハンカチーフ」がなつかしかった。そして、実に久しぶりになるアグネス・ラム。  


2007.12.5(水)

 日課をこなすかのような感じで、横浜の家からの6キロ走。気温が低いという天気予報だったが、寒さはほとんど感じない。走り終えれば、汗がしたたるほどであった。

 SFCの「政策法務論」の授業では、野沢和弘さんにゲストでおいでいただいた。千葉県障害者差別撤廃条例の策定にあたっての研究会座長を務めた経験から、県議会との関係など、生々しく、感動的に語ってくださった。福祉の研究会にも出てもらったが、今日の履修者は障害福祉には特別な関心がないのが大半。それでも、コメントを読むと、かなりのインパクトを受けたことが見て取れる。野沢さんには、毎度のことながら、感謝感謝である。SFCのキャンパスからは、富士山の姿が見える。キャンパスの素晴らしさは、ゲストで迎えるどなたも指摘してくださる。

 授業を終えて諫早へ。飛行機の到着が遅れたこともあり、講演会場に着いたのがぎりぎりだった。諫早市商工会の青年部と女性部合同主催の講演会である。7時からの講演で、到着3分後には壇上へという、あわただしさで始まった。その調子で8時50分まで話し、その後12分の質疑応答。晩飯も食べずにがんばったので、さすがに最後のほうは空腹で頭がボーっとなってしまった。


2007.12.4(火)

 横浜の家で目覚めて、なんとなく気力充実せず、走りは中止ということにした。たまには、こういうこともある。

 SFCでの「地方自治論」のゲストに前葉泰幸さんにおいでいただいた。私の宮城県知事時代に、総務省から宮城県に出向してきて、企画部長、総務部長を務めた。その後、公営企業金融公庫に出ている時に、私の後の宮城県知事選挙に出馬して落選。授業のはじめに、自己紹介で、「私と浅野先生の共通点は、知事選挙に出て負けたこと」と言っていた。今は外資系銀行で仕事をしているが、そこで地方自治体の地方債の引受けという新しい分野を開拓している。そのことについての、最新の話であった。学生には、少し難しすぎたところもあったようだが、一部の学生の興味は大いに引いたはずである。

 次の福祉研究会では、介助犬のデモンストレーション。ラブラドール・レトリバーのオス2頭が、車椅子に乗るユーザーを実際に介助する様子には、学生のみならず、私も目を見張った。


2007.12.3(月)

 仙台の家から、大橋→澱橋→中島町コースの6キロ。このコースを走るのは久しぶりである。まだまだ紅葉が美しい。仙台二高前のもみじが赤く染まっている様子は見事なものである。復路で、青葉通りのけやき並木の落ち葉を踏みながら走るのも感慨深い。来年の今頃は、地下鉄工事でけやきは姿を消しているかもしれない。

 午後からは、横浜のロイヤル・ホール・ヨコハマで神奈川県社会福祉振興協会主催のセミナーへ。樋口恵子さんの基調講演の後に、その樋口さんの司会で松沢成文神奈川県知事と対談というのが私の役割であった。介護保険法の改正による情報開示のあり方というのがメインテーマであるが、それだけでなく、介護従事者の処遇の問題など、目下の大きな懸案についても議論を繰り広げた。


2007.12.2(日)

 天気予報では、雨もあるかなと思っていたが、朝はいい天気である。実に久しぶりになるSMCへ。10月までは6時半集合だったが、今は7時である。私より一回り年上の岡本さんの提案で、コースからちょっとはずれた東北大学植物園前のもみじを見に行こうということになった。見事に紅葉している。感動しつつ、源吾茶屋前に戻ってきたら、そこのイチョウが青空を背景にして黄金色に輝いているのを見て、またまた感動。快い疲労感と汗、そして、この素晴らしい絵柄。こんな環境の中で走れる幸せを噛み締めるひとときである。

 しばらく行かないうちに、白壁、瓦屋根の、趣きある大町交番のすぐ隣に、新しい交番が立っている。地下鉄東西線の駅がこの辺にできるということで、元の交番を移設することになったらしい。よく見たら、その新しい交番の屋根は瓦ではなくて、イミテーションである。交番の屋根なんて、どんなものでも「かわらない」というわけにはいかないだろう。

 走り終わって、朝食摂って、一息ついたところで秋田県の大館市での講演に向かう。「NOP法人福祉バンク大館」の20周年記念での講演である。本来は、9月7日にやるべきはずだったのが、台風のために、大阪から飛行機が飛ばず、新幹線は名古屋止まりで、大館までは到達できずに、大変なご迷惑をおかけした件である。3ヶ月遅れでの実現。盛岡駅まで石田寛理事長がお出迎えしてくださり、そこから1時間半車で飛ばしての大館入りである。聴衆の前で、「めでたいことは、一度でなく、二度でも三度でも」とご挨拶された石田理事長。その言葉に救われる思いであった。

 福岡国際マラソンは、丁度、講演中であり、見られなかった。私の予想通り、ワンジルが好タイムで優勝。佐藤敦之が日本人最高の2位。スピードについていけずに、結果的に北京オリンピックの出場が絶望的になった選手の心中を思い、マラソンの厳しさを感じる。


2007.12.1(土)

 8:05宮城県庁前を出発する山形交通バスに乗って山形市へ。ここが始発なので、一番前の席に坐れた。仙台駅前、広瀬通一番町を回ってから高速道路に入る。車高の高いバスの窓から仙台の町を見ると、改めていい町であることを実感する。大都市の喧騒はないが、ほど良い都市機能を備えている。上品で清潔である。初冬のケヤキ並木の美しい姿。

 1時間ちょっとで山形市へ。「地域生活支援セミナーin山形」で「今、なぜ、アートなのか」というテーマで、講演と対談の司会をする。対談は、NPO法人みやぎダンス理事長の定行俊彰さんと滋賀県社会福祉事業団理事長の北岡賢剛さんがお相手。片やダンス、もう一人は障害者の美術で目覚しい活動をしている人たち。2時間近い対談だったが、とても中身の濃い内容であった。


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