浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記  11月第1,2週分               

2006.11.11(土)

 6時20分過ぎに横浜の家を出て、6キロ走。昨日4キロ走ができたのだから、6キロもできるはずと思って走り出した。ゆっくりめのペースであるから、楽に走れたが、途中で雨に遭ってしまった。雷を伴う大雨になる前に戻って来れたのはラッキー。18分で行ったところを、ぴったり18分で戻ってきた。

  書評の原稿を終えたところで、次の原稿に取り掛かって驚いた。15日が締め切りと思っていた5400字の原稿の締め切りが、なんと明日12日である。ここのところ、何百という原稿で締め切りを守らなかったことは一度もない。ついに今回で、その記録もだめになるのかとの不安がよぎった。今日も、昼から、夕方からと出番があって、原稿書きに割ける時間はわずか。それでも、出かける前になんとか半分書いた。

  昼の出番は、内幸町のプレスセンターで分権型研究センター主催のシンポジウム。当初、私がコーディネーターをして、佐藤栄佐久福島県知事、木村良樹和歌山県知事がパネルを務めるはずだった。二人とも、知事辞任という事態にあいなって、急遽私がパネル側に回ることになった。不祥事は不幸なことだが、納税者たる住民が、自分たちの自治体の税金の使われ方に関心を持つようになったら、災いを転じてということになるのではないか、といったことも発言させてもらった。


2006.11.10(金)

 このところ数日、東北放送が私の密着取材をしている。今日は、ジョギングの様子を撮るという。今月2日に2キロ走って以来、まったく走っていない。不安もあったが、体調も戻ったので、取材に応じることにした。6時半から、4キロ。カメラを意識すると、ついついペースが速まってしまう。そんなペースで走ったが、なんということはない。これで、完全復活である。

 宮城県社会福祉協議会で執務した後、毎日新聞社の毎日ホールでの地方議会マニフェスト大賞授賞式に駆けつける。私も審査員として、膨大な資料を読み込んで審査した縁もあり、講評をする役割を申しつかっている。私が講評した部門は、議会部門。北海道栗沢町議会が大賞を受賞した。全体部門のグランプリは、岩手県議会。それぞれ、議会として前向きな取り組みであり、すべての議会がこんなふうになれば、地方自治の世界はよほど変わるだろうと思わせる。

 新幹線の中で苦吟して書いた書評の原稿。編集者指定の672字ではとても意は尽くせない。そう思っていたら、編集者から、字数指定まちがってました、実際は882字なのですというメールが入った。882字でも書評としては、かなり少ない。私の能力ではとても書けないと思いつつも、なんとか書き上げた。原稿を書いていると、こんなこともあるのだなという、珍しい体験だった。


2006.11.8(水)

 慶應大学SFCでの福祉ゼミ。今日のゲストは兜沁ャxンチャーパートナーズ社長の大塚由紀子さんと増子さん。障害者を雇う仕事を起こす人たちを支援する、そのノウハウを教示する目的で、3年前に設立された会社である。実績を挙げるのは、これからだろうが、夢のある大事な仕事である。学生にも勇気を与えた講義であった。出席学生が少ないのが気になるし、もったいないと毎回思っているのだが、「一時間目出たくない症候群」のせいか、出席者が増えない。

 夕方は、再度、福島県知事選挙の応援。福島市公会堂での個人演説会で、佐藤雄平候補とは会えなかったが、千人以上の聴衆の熱気に驚いた。渡部恒三先生の後にお話をさせていただいた。


2006.11.7(火)

 5:30からの「朝ズバ」に出演するために、5時にTBS入り。朝早いのをそれほど苦にしないのが、強みである。番組は8:30までの長丁場なので、出番がよく回ってくる。司会のみのもんたさんのテンポがいいので、出ていて楽しい。この時間帯での月間視聴率第一位というのは、TBSにとって25年ぶりなのだそうだが、こういった番組の作りっぷりであれば、なるほどと思う。

 今日の慶應大学SFCの「地方自治の制度と運営」のゲストは、埼玉県東松山市の坂本祐之輔市長。加山雄三が好きで、歌のうまさも外見も加山雄三に似ている坂本市長であるので、学生の受け方も尋常でない。出席カードへの学生コメントも絶賛の嵐。市長の本当の苦労は、短いプレゼンテーションだけではわからないにしても、雰囲気はわかる。私にとっても、気持ちのいい授業であった。  


2006.11.5(日)

 素晴らしい天気の下、スペシャル・オリンピックスのナショナルゲームの応援。まずは、ボーリング競技。知的障害のためもあり、誰とも交わらず、笑顔もなかったというアスリート達の、ストライクを出した時のうれしそうな顔、ガーターに終わった時の悔しそうな顔が印象的である。見ている我々も、一喜一憂しながら、彼らの真剣な姿に心を揺さぶられる。表彰式でのメダル懸け役も頼まれていた。金メダルを獲得して万歳するアスリート、7位に終わって悔し涙にくれるアスリート。スポーツを通じてこそ体験できる感情である。スペシャル・オリンピックスの意義は、ここの場面にも現れている。

 陸上競技も終わりのほうの数種目を応援できた。熊本パークドームでの閉会式も感動的であった。細川佳代子名誉会長の「アスリート達こそ、この社会の中心に」という感動的な挨拶にジーンときてしまう。延べ1万5千人のボランティアの人たち、それを統括し、寝食を忘れて準備と運営に汗を流してきた関係者の姿を間近に目にしただけに、感動は大きい。どんどん大きくなっていくスペシャル・オリンピックスの感動の輪。二年後の山形での冬季大会では、この輪はもっともっと広がっていることだろう。


2006.11.4(土)

 宿泊のホテル・サンダーソンで朝食を摂っていたら、目の前に利根川河畔の素晴らしい景色が広がっているのに気がついた。走るのには絶好のコースであり、絶好の天気でもある。体力温存のために、今朝も走りは自粛したのだが、「もったいない」という気持ちがふつふつと湧いてくる。でも、ここで無理して元も子もなくしては馬鹿らしい。じっと我慢の子。

 群馬県庁前の群馬会館で、全国ボランティアフェスティバルの「NPOと行政の協働」という分科会のパネラーを務める。コーディネーターは、以前に宮城県の環境生活部次長の萩原なつ子さん。私が知事当時に、県庁でNPOの仕事を担当してもらっていた。とてもいい仕事をしてくれた。今でも宮城県内には萩原ファンが多い。もう一人のパネラーであるNPO法人「わたらせライフサービス」理事長の宮地由高さん。「略歴」の欄を見て驚いた。1948年2月8日生まれ。私とまったく一緒。パネルの合間に、「血液型は何ですか」と囁いたら、「B型です」とのこと。これまた私と同じ。それもあってか、二人の意見は、同一方向を向いたものになっていた。

 前橋を出て、熊本に移動。熊本市ほかで開催中のスペシャル・オリンピックス日本夏季ナショナルゲーム熊本大会に参加するためである。半日早く熊本入りしていた妻と丹野道子さんと合流。私の旅には、観光の要素はゼロである。現地に赴いて、職務を果たして帰ってくる。せいぜい朝のジョギングぐらいが、その地への足跡であるが、ここしばらくはそれすらできないでいる。


2006.11.3(金)

 文化の日。天候もいい。体調もまあまあだが、日程が厳しい。8;09仙台発で福島へ。厚生省同期会の特別メンバーである佐藤雄平さんが、福島県の出直し知事選挙に立候補している。その応援である。候補者は、伊達郡での遊説日程であるので、選挙カーに同乗しての応援と、街頭演説二箇所のみであった。同じ58歳の佐藤雄平さんが元気に健気に戦っている姿には、感激である。福島県政を立ち直らせ、県民の誇りを取り戻すための選挙である。13年前の自分の姿を思い出す。

 応援を終えて、東京のTBSテレビで「時事放談」の収録。お相手は寺島実郎さんである。これも同年代の親しき仲。寺島さん得意の外交防衛問題になると、司会の岩見隆夫さんに振られても、「寺島さんの意見に百パーセント同感です」と言いたくなってしまう。そうもいかないから、自分なりの意見を申し上げるが、根っこは「寺島理論」である。番組収録後、寺島さんと雑談する暇もなく、彼は香港へ、私は前橋へ。

 前橋では、明日、全国ボランティアフェスティバルへの出演がある。体調整備の至上命題もあり、とんでもなく早い時間に就寝。


2006.11.2(木)

 8:30にUHBテレビのスタジオ入りして、佐藤よしのりさんがキャスターの番組に出演。出番は、9:54−11:00まで。番組は今回で2999回目だそうだ。「北海道のここがいい、ここがダメ」ということで、いろいろ発言する。隣には、小沢遼子さんと鈴木宗男さん。

 テレビ局を出て、旭川へ。上川管内町村議会議員研修会での講演。350人ほどが熱心に聴いてくださる中で、地方分権と議会の役割について計二時間ほど話した。「計」というのは、前座と質疑応答の時間も含んでの意である。

 旭川から千歳空港に向う列車の中に、「和歌山県の木村良樹知事辞任」についてのコメントを求める電話が入る。その他、仕事がらみの電話が5,6件。携帯電話も便利なのものなのか、困ったものなのか、迷うところである。

  「改革派」知事として、木村知事は頼りなる仲間として一緒にやってきた。福祉関係のセミナーの首長セッションでは、「浅野史郎一座」の一員として何度かご出演いただいた。だから、今回の官製談合がらみでの辞任は、個人的にも大きなショックである。ただ、問題は私情を離れて客観的に見なければならない。談合の排除のためには、知事本人が関わらないだけでは足らない。側近、親族、部下も含めて、「関わらせない」ことを言葉と行動で示す必要がある。そんなことを新聞社へのコメントでは話しておいた。それにしても、今回も、私の言う「モンダの人々」の影がちらつく。「公共工事の入札なんて、こういったもんだ」、「選挙というのは、こうやってやるもんだ」という言説が飛び交ったのではないか。


2006.11.1(水)

 慶應大学SFCで、「地方分権と福祉政策」の研究プロジェクトの授業を午前中やって、有楽町のニッポン放送へ。菅原文太さんの番組のゲスト。文太さんには、だいぶご無沙汰してしまったので、お会いしたいと思っていたところに番組のご案内があり、喜んで飛んできた。毎週日曜日朝の30分番組。ラジオ大好き人間とすれば、自分もこういう番組持ちたいなと思ってしまう。

 番組出演終えて、羽田から札幌へ。明日出演予定のUHBテレビとの打ち合わせを済ませて、早めに寝る。札幌は寒いというのにおびえて、ホテルからどこへも出ずにいた。和歌山県の木村知事が退職金返上、給料半額にして、知事は継続という記者会見をやった。それへのコメントをという取材があったが、なかなかむずかしい言い方になる。これで済むのかなという心配があるから、簡単にはコメントできない。


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