宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 11月第1週        

2004.11.6(土)

 久し振りに、子ども病院コース、往復17キロを走った。目を上げて走る前方には、紅葉に燃える山肌が見える。ゆっくりペースで走るから、楽しいだけである。とは言うものの、復路しばらく行ったあたりから、右足太股に張りを感じた。それ以上は大事に至らずに走り終わる。

 原稿を1本仕上げてから、地方分権フォーラムに参加。土曜日であるが、公務から完全に解放されることはない。週末の宿題がまだ終わらないので、明日もちょっとがんばらなければならないと思いつつ、早めの就寝。


2004.11.5(金)

 上海からの帰国の便は、仙台空港ではなく、名古屋空港着。今朝は、小牧市でのランニングになった。行き当たりばったりに走ったが、結構走りやすいコースだった。ホテルの人には、「小牧城のほうには行かなかったのですか」と言われてしまった。何事にも、予習が肝腎。わかっていたら、そっちのほうに走っていったものに。

 仙台に戻って、早速に日程をこなす。「若手料理人甲子園」が4回目を迎えて、今回は「健康な食べるスープ」という課題に140人以上の応募があった。最終予選に残った3人の作品を食べて審査するという役割を持たされた。優劣つけがたい。だから、優劣つけない審査をさせてもらった。

 そのあとは、自治体職員有志の会での講演と懇親会に出席。全く自発的な勉強会で、全国の自治体からの職員が、手弁当で40人やってきている。こういう熱意には、しっかりと応える義務がある。義務というよりは、権利ベースかもしれない。元気な自治体職員から、元気と勇気をいただいた。


2004.11.4(木)

 上海での朝。昨夜は結構遅くなったにもかかわらず、早い時間に目覚め、元気で離床することができた。こうなったら、当然走る。秘書課の半沢臨時秘書代理と国際経済室の鈴木さんと一緒にホテルを6時に出て、喧騒と雑踏の街中ジョギングの開始である。上海駅の近くのホテルだったので、駅前を走ろうとしたが、人通りが多すぎて走れたものではない。別のコースを取ったら、これが正解で、気持ちよく30分ちょっとのランを終えることができた。

 悪名高い上海の交通渋滞も、さほどではなく、朝はほぼ予定どおり、 東の上海国際工業博覧会会場に到着した。途中で見渡す上海の街は、高層ビルが立ち並び、発展著しい。晴れているのにどんよりした感じなのは、大気汚染のせいかもしれない。

 この会場は、8万平米というとんでもない広さの展示場である。ここで、第6回目になる上海国際工業博覧会が開催され、東北6県からも20の企業が出展した「東北フェア」として参加している。会場は、ともかく広い広い。そして、会場一杯にエネルギーが満ち溢れていることに圧倒される。

 午後からは、上海市の周副市長を表敬訪問して、24時間に満たない滞在時間の上海をあとにした。


2004.11.3(水)

 文化の日は、「晴れの特異日」と言われるほど晴天の確率が高いのに、仙台地方は朝からかなりの降雨である。今日だけは晴れて欲しかったのにと、雨空を見上げての怨み節。

 6時過ぎにTBSラジオ、生島ヒロシの「おはよう一直線」に電話出演。8時半には、地元TBCラジオに生出演。どちらも楽天に決定したプロ野球新球団に関してのコメントである。

 その合間、自衛隊苦竹駐屯地にて、新潟県長岡市に出発する畳敷き詰めボランティアの出発式にて見送り。奥村自衛隊東北方面隊総監ほか、自衛隊の方々にもご出席をいただいた。畳3000枚が陸上自衛隊のトラック5台、県調達トラック4台、民間トラック1台の計10台に積まれている。ボランティアは、バス2台に分乗しての総勢100名。その中には、宮城県畳業商工組合の8名、県職員6名が含まれている。東北福祉大学25名、宮城大学12名のボランティアに加えて、60歳台の女性ボランティアもいらっしゃる。ありがたいことである。バスと10台のコンボイが出発していくのに手を振って見送ったが、感激する場面ではあった。

 12時からは、新球団歓迎のイベントが宮城球場にて開催。あいにくの雨模様ではあったが、楽天との間の協定書に署名をするなどしているうちに、われわれ県と楽天球団と協力しながら、新しい球団を育てていくという機運がいやがうえでも盛り上がっていくことを実感した。イベントを終えて、仙台空港へ。上海での東北フェア、国際興行博覧会に出席予定だが、一泊だけですぐ帰国ということになる。


2004.11.2(火)

 長い一日が予想される朝は、ちゃんと走っておいて身を引き締めておくほうがいい。ということまで考えたわけではないが、霧雨の中、6キロをきっちりと走る。

 平成16年文化の日表彰、教育功績賞表彰、大韓民国江原道議会議員団の表敬訪問などの行事対応があったり、ごく普通の日程であるが、ふつうでないのは、今日が宮城県を本拠地とするプロ野球新球団決定の日であること。ライブドアか楽天か。日本中を巻き込んだ形で、1ヶ月半ほどの興奮状態であったが、やっと決着。その決着の報が届いたのは、新球団決定のお祝いの垂れ幕除幕式の数分前の午後5時ちょっと前であった。

 それからが、大騒ぎ。除幕式直後の記者会見、大韓民国江原道議会議員団歓迎夕食会をはさんで、堀江ライブドア社長、吉田楽天常務があいついで県庁を訪問。多数の報道陣に囲まれながら、両者との会談を終えた。落選の悔しさもあったろうし、もの申したいことも多かったはずなのに、そういったことは表に出さない、堀江社長のさばさばした様子が印象に残る。これもご縁であるので、これからも個人的にもお付き合いいただきたい方である。


2004.11.1(月)

 11月最初の走りは6キロ。気温が高いので、短パン、長シャツ姿でも汗を結構かいて走る感じ。

 定例記者会見は、新潟県中越地震被災者への支援と、プロ野球新球団参入の件に質問が集中して、1時間を要した。地震被災者への支援については、避難所への畳3000枚提供が注目された。避難所になっている体育館の居住性は決して良くない。そこに畳を敷いたら、被災者にとってはかなりの救いになるのではないかということで、宮城県から長岡市に申し出ていたもの。すぐに反応があった。畳業者から大量の畳の提供、ボランティアへの確保のめどがついたので、3日に実行することとした。現地新潟から週末に帰還して、休日返上で検討した千葉右京危機管理官のフットワークのよさによるところが大きい。

 「リバイブ名取21」主催の名取市まちづくりフォーラムでの講演までこなして、今日の仕事は終わり。今日も、20件を超える日程であった。


以前のジョギング日記はこちらから



TOP][NEWS][日記][メルマガ][記事][連載][プロフィール][著作][夢ネットワーク][リンク

(c)浅野史郎・夢ネットワーク mailto:yumenet@asanoshiro.org