宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

ジョギング日記 10月第2週 

2002.10.12(土)

 またまた、日記が2日あいてしまった。いろいろあったような気がするが、記憶があいまい。スケジュールに追いまくられている生活だからかどうかわからないが、1日過ぎると、前日何をして、何を考えたか忘れてしまう。

 覚えているのは、今日の分。先週トライする予定だった45K走を、1週間遅れて今日決行した。SMCでも一緒に走っている森由喜男さん、菅原久吉さんが同行。どちらも県庁職員であり、私なんかより格段に脚力がある。出発は、朝の6時半。「ホントに45`走れるのだろうか」と心配だったが、走り出してしまえば、素晴らしいコースへの感激で一杯であった。

 自宅から、愛宕橋まで。そこから広瀬川の川べりをひたすら走り、名取川のほうに入る。今度は名取川の堤防を走り、貞山堀にぶつかったところから堀沿いの遊歩道を7,8`。深沼海水浴場が折り返し点。出発から22.5`。ここは、小学校の海水浴以来だから四十何年ぶりだななどという感慨にふけるより先に、ストレッチで膝の痛みを癒す。

 復路は、往路のようにコースの素晴らしさを愛でる余裕は、ほとんどない。膝の痛みよ出るな、筋肉痛になるな、足よつるな、そんなことだけ考えながら、走り続ける。途中、3ヶ所ほどストレッチ休憩をとりながら、ともかくもゴールにたどりついた。正味の所要は4時間13分。休みも入れると、4時間47分。もう少し時間がかかるかと思ったら、自分でもびっくりするほどのいいタイムであった。

 夕方は、ベガルタ仙台の対ガンバ大阪戦の応援に仙台スタジアムへ。これは、あまり書きたくない。〇対6の完敗。記録的な大敗であり、悔しいというより、力が抜けてしまった。次の試合の対ジュピロ磐田戦は、20日に宮城スタジアムにて。5万人近い観客が集まる予定。今度は、いい試合をするだろう。


2002.10.9(水)

 久し振りの日記になったのは、出張に出ていたから。このごろは、出張にパソコンを持ち歩かないので、帰宅したところでまとめて書くことになる。

  8日(火)は、総理官邸での全国知事会議に出席。知事自身の出席は、30人ぐらい。午前中は小泉総理に対して、28人の知事が質問、要望、提言をした。私は、義務教育費国庫負担の地方移譲について、積極的に進めて欲しいという意見を述べた。10.2のメルマガに書いたような趣旨である。午後からは、閣僚のみなさんがご出席。私は、坂口力厚生労働大臣に対して、障害者を介護保険の対象に取り込む方向での検討を始めて欲しいとの意見を申し上げた。回答は、なかなかスパッとはいかなかったようだが、趣旨はご理解いただけたことと思う。

  知事会が終わってから、群馬県太田市にでかけた。清水聖義市長から講演をお願いされていた。私としては、光栄なことであり、「喜んで!」という感じである。清水市長は、全国の市長の中で、私が最も敬愛する方であり、頼まれなくとも一度太田市を訪ねたいと思っていた。清水市長のアイディアに富んだ施策は、確かな思想性に裏打ちされている。以前から、そのことに深い感銘を受けていた。

  最近出版された「市長のひとりごと」は名著。自然体の生き方と、純真な心、前向きな姿勢が、達意の文章から湧きあがってくる。どうやったらこのように魅力的な人間になれるのか、せめては少しでも近づきたいという思いに駆られながら読ませていただいた。

  講演の後は、清水市長との対談の時間もあった。450人ほど入るホールが、ほぼ一杯。皆さんがとても熱心に聴いていることが、舞台の上からも見て取れる。それもそのはず。入場料500円をそれぞれ払って来ているから、何かを吸収しようという意欲がある。この有料講演会のアイディアも清水市長のもの。毎月のように、こういった講演会を開催しているとのこと。

  対談を終えて、お食事。そして、二次会までも清水市長にお付き合いいただいた。アルコールはほとんど摂らない清水市長にしては、二次会までというのは、とても珍しいとうかがった。それだけに、私としては、とてもうれしい。翌朝の、利根川を渡って県境を越えた1時間走の気持ち良さとともに、忘れ得ない太田市滞在となった。

 今日、9日(水)のお昼は、ホテル・オークラにて宮城米試食会に出席。メインゲストは菅原文太さん。宮城米の宣伝を長いことやってらっしゃるし、試食会にも毎回駆けつけて下さっている。このために、朝食抜きでやってこられたということで、ひとめぼれのご飯を3杯召し上がっていた。

  そのあと、渋谷の東急東横店にて今日から開催のみやぎ物産展にでかけた。午後2時ごろという時間帯にもかかわらず、おおぜいのお客様がいらしていた。これなら、売上目標はクリヤするだろう。

  4時からは、「サンデーモーニング」15周年の記念パーティーがTBSであり、顔を出した。私も、以前、何回か出演したことがあるので、お誘いを受けていた。15年もの間、関口宏さんが変わらぬ情熱で作り上げてきた番組と言える。すごいことである。大宅映子さん、諸井虔さん、佐高信さん、乙竹洋匡さん、海原純子さんなどにお会いし、なかなかに、楽しいパーティーであった。

  仙台に戻ったら、東北大学で学んだことのある田中耕一さんがノーベル化学賞を受賞されたというニュースに接した。実は、記者の方が、このことについてのコメントを求めて自宅に来られて、初めて知ったのである。いずれにしても、めでたいことであり、東北大学関係者のみならず、多くの人に勇気を与えてくれる快挙である。それにしても、43歳という若さ。これから、ますますの活躍が期待される。機会があれば、お会いしていろいろ伺いたいものである。


2002.10.6(日)

 いつもの日曜日らしく、時間が過ぎていく。いつもの日曜の朝は、サンデー・マラソン・クラブでのランニングから始まる。体調の関係で、(金),(土)と2日間休んでいたが、今朝の走りはいつもどおり。疲れも残らない。女性2人、男性1人と、このところ新入会員ラッシュである。若い会員の参加で、SMCも元気づく。今頃の季節が走るのには、一番いい。ランニングを始めるには、丁度いいタイミングである。

 自衛隊霞の目飛行場で、自衛隊の東北方面隊創隊42周年の記念式典があった。昨年を除き、この式典には毎年出席している。式典のあとは、新鋭装備の観閲式。壮観である。地上だけでなく、曇り空に、ヘリコプターが何機も飛んでいた。

  3月の丸森町の林野火災では、自衛隊から千三百人の人員と、14機のヘリコプターが出動し、3日間にわたり消火活動を行なってもらい、鎮火することができた。自衛隊の災害協力は、県土の安全のために欠かせない。そんなことへの感謝も、祝辞では申し上げさせていただいた。

  日曜日の残りの時間は、毎週の原稿書きにあてられる。仕事上のメモとメルマガ「走りながら考えた」は、何があっても毎週書かなければならない。この他に、月2本の連載原稿と、飛び入りの原稿が入る。このところのメルマガでは、統合教育、民主党代表選、日朝首脳会談、義務教育国庫負担の地方移譲といった話題を書いてきた。今日書いたのは、原子力発電所の「損傷隠し」。それぞれ、結構真面目なトピックではある。これに加えて、4月初めと、10月初めの恒例になるが、「知事への手紙―知事さんあのね」への返事をどっさり書いた。それでも、昼寝して、夜は読書する時間はあった。

  そんなことで、今日の日曜日も、いつもの日曜日の如く暮れていく。


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