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最後の一週間

2005.11.15

 私の知事の任期は、今週末で終わる。正確には、11月20日までである。知事としては、タイトルどおり、「最後の一週間」ということになる。

 何でもかんでも、「最後の」ということが続く。先週末には、最後の全国知事会儀に出席した。三役会、幹部会、庁議、定例記者会見も今週ですべて最後になる。意外にも、それほどの感慨はない。最後の日まで、これまで同様に忙しい日程の中での活動であるから、感慨にふけっている余裕もないというのが正直なところかもしれない。

 このところ、お会いする人ごとに、「今週で知事を辞めます」と、お別れと御礼を申し上げる日が続いている。「どうして知事を辞めるのですか、辞めないでください」と嘆かれると、「死ぬわけではないのですから」と冗談半分で言い返すしかない。「早く辞めてくれてよかった」と面と向かって言う方はいらっしゃらないので、「惜しまれて辞めるほうが気分はいいです」と対応することになるのだが、本心から嘆き、惜しんでいただいている方には、辞める理由をもう少し詳しく申し上げなければという想いにも駆られる。

   「長く地位に留まると、権力は腐敗するとは言わないが、陳腐化する」といったことを四選不出馬の理由として表明させてもらっている。これはこれで、本音であるが、知事という職責についての一般論に聞こえる言葉である。私個人の想いの本音として言わせてもらえば、「このまま知事を続けていったら、知事以外の仕事ができない身体になってしまう」という恐れが、四選不出馬の理由として大きなものである。

 知事以外の仕事ができない身体になったとしても、それはそれでいい。そう思い定める道もあろう。しかし、自分自身として納得し、満足し、充実感の味わえる職業生活を、知事以外でやりたいという想いは、なかなかあきらめられるものではなかった。「知事をやめて、今度は国会議員を目指すのですか」という問いは、何度も発せられた。国会議員になる道だって、いろいろの可能性の一つであるから、断固否定するという種類のものではないとしても、「知事の次は国会議員」という「出世」のルートが決まっているものではない。少なくとも、私にとっては、そんなルートが王道とは思えない。

 「知事以外できない身体」と書いたが、身体だけではない。精神も同じである。知事を長くやっているうちに、そういった身体と精神構造へと、徐々に、そして確実になっていく。「知事さん、知事さん」とちやほやされることだけではない。会合で上席に坐らされる、空港でVIP待遇を受けるといった特権を放棄するのだって、そういう待遇に慣れ過ぎてしまえば、自分からは捨てがたく感じてしまうだろう。

 実は、そういう待遇に満足してしまうと、知事という肩書きなしでは、一般の世の中ではまともに通用しない身体になってしまう。そのことが恐ろしい。知事を四期やれば、ますますそうなる。だから、四期やれば五期までやらざるを得ない精神構造になってしまうだろう。それが怖かった。三期が限度というのは、私について言えば、こういったことからの発想である。

 知事としての最後の一週間というのは、知事以外の身体になる最初の一週間に先立つ期間のことである。私としては、できるだけ切れ目なく、新しい職業生活を始めたい。貧乏性であるので、最初から全力疾走に入りたい想いを止められない。知事時代よりも忙しい生活を待ち望んでいる。実質的に、ということを強調すれば、まちがいなく知事より多忙な生活になることだろう。当年57歳は、そういった生活をしばし楽しむことができる年齢であると考える。

 記者会見で「老兵は消え去るのみ」という、ダグラス・マッカーサー元帥の退任あいさつの言葉を引用した。原文は、Old soldiers never die,に続いて言われる、just fade away.という部分である。fade awayであるから「消える」といっても、disappearのようにぱっと消えるのではなく、映画の場面がゆっくりと薄れていくように、レコード演奏の最後の部分が徐々に小さい音になっていくように、「だんだんに消える」ということである。だんだんに消えて行くというのも、自分のこれからを考えると、ちょっと変ないい方だったかもしれない。

  しかも、マッカーサー元帥の言いたかったのは、just fade away ではなく、never die, つまり、「老兵は死なず」の部分であったのかもしれないと思えてきた。私で言えば、「死ぬわけじゃないから」にあたる。それに加えて、「57歳で老兵などと言うな」と、県内のある首長さんに叱られてしまったりもした。だから、「老兵は消え去るのみ」などということは、もう言わないでおきたい。最後の一週間が終わったら、さらにさらに動き回るのだから。

  そんなことも、あんなことも考えつつ、最後の一週間を過ごしている。



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