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宋 文洲 氏のメルマガ
第98号 2008.6.13配信
連載コラム「病識、常識、非常識」
第1回

怒るべき時に怒らねば

 テレビに出て、「コメンテーター」と呼ばれる役回りをさせられているからだ ろうか。「ニュースは消費される」ということを、特に強く感じてしまう。そ の時は、日本中がその話題で沸騰するが、75日も経たないうちに、人のうわさ にも上らなくなる。必ずしも、解決に至っていない事件でも同じである。北朝 鮮の拉致問題、イラク情勢、耐震偽装事件などは過去の問題として埋もれてし まっていないか。最近のニュースでも、年金記録問題の報道はめっきり減って しまった。

  ニュースが沸騰している時には、国民が皆怒る。人の身に起きていることでも、 自分のことのように、怒る。「怒りは関心の始まり、関心は行動への第一歩」 と日頃言っている私であるから、怒ることは、まずは大事なことと評価してい る。しかし、その怒りが継続しないのである。

  なぜ怒りが継続しないか。「日本人は忘れっぽい」というのは、俗説に過ぎな い。その怒りが本気でないからである。問題の本質にまで至らずに、表面上の 感情論レベルにとどまっているから、時間がくれば収まってしまう。

  怒るべきことに、怒らないこともある。政治とカネの問題、建設業の談合の問 題などがそうである。「政治活動では、領収書のもらえないものもある」、 「談合は古くからの日本の文化、生活の知恵だ」といった類の、業界の人たち の言を、その道の非専門家である大部分の国民が、なんとなく納得してしまう。 「この業界は、こういうもんだ」と、したり顔で語る人たちの言葉の語尾には 「もんだ」というのがつきものなので、私は彼らを「もんだの人々」と称して いる。「そういうもんだ」と言われると、非専門家の引け目もあり、「そうい うもんですか」と引き下がってしまうという図式である。

  自分に関わりがないと思えることでも、実は、自分たちの払っている税金の使 われ方の問題として、自分ごとと考えるべきものがある。政治とカネ、談合問 題もそうである。民主主義とは、税金の取られ方、税金の使われ方を決める時 には、民が主であるという主義のことである。自分たちの払った税金が、おか しな使われ方をしていると知ったら、怒ることは民主主義の基本である。 怒り は関心の始まり、関心は行動の第一歩なら、そこからは、なんらかの行動に出 ることが当然である。これで、民主主義が生きてくる。

  なにやら大げさな物言いになったが、怒るべきときには怒る、その怒りは継続 してこそ生きてくるとだけは言いたい。流れゆき、消費されていくニュースの 束を見ているうちに、そんな思いが湧いてくる。

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