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月刊年金時代2012年4月号
新・言語学序説から 第99

「出版について」

 私の9冊目となる本の出版が予定されている。岩波書店編集部の山本賢さんから「『いのちを考える』というテーマでブックレット書いてみませんか」とお誘いがあった。3年前、ATL(成人T細胞白血病)という厄介な病気になって、闘病を続けてきた私として、「いのちを考える」というのは、身近なテーマである。闘病記を書くというよりは、運命とか出会いについて考えるいい機会だと受け止めた。

 「やりましょう」となって、まず考えたのは、書き下ろしはしんどいなということだった。山本さんと相談して、岩波書店の会議室での講演会を企画した。そこで話したことを文字に起こして本にしようという作戦である。講演会の参加者には、こういうことも書いて欲しい、あの部分はいらない、あそこはわかりにくいといったコメントを寄せていただく。それを受けて書いたら、よりいいものになるだろうという目論見もあった。

 これが大失敗。ねらいはよかったのだが、講演そのものの出来が悪過ぎる。これまでの講演と同じように、ごくごく簡単なメモだけ用意して講演に臨んだのが甘かった。明らかに準備不足である。準備の時間は十分にあったのだから、油断、慢心としか言いようがない。講演を終えての帰路、振り返って反省することばかり。あれを話すのを忘れた、横道に入り過ぎた、詰まらない話題を延々と続けてしまった。講演内容に本人が不満一杯なのだから、ブックレットに使うわけにはいかない。

 講演会参加者からの感想メールを読んだら、お世辞もあるのだろうが、「面白かった」、「感動した」というのが多くて、少し救われた気はしたが、完全には心が晴れない。そもそも講演を下敷きに本を書こうという魂胆がいけなかった。講演は講演、執筆は執筆と割り切って取り組もう。そう気を取り直して、原稿執筆にとりかかった。  ブックレットだから80ページの小冊子である。どのぐらいの分量書けばいいのか考えずに、思うままに書き連ねていったら、丁度このページ数に収まった。内容は講演で話したのとは似ても似つかない。きっちりと書くべきことは書いているのだが、講演の際の躍動感はない。平板である。講演は講演、執筆は執筆というものなのだから、こういった違いがあるのは当然であると割り切ることにした。

 原稿を書くにあたっては、入院中に書き留めていた「闘病日記」からの引用も多用した。暇に任せて書いていた日記が、この場面で役に立った。仲間たちに現状報告を定期的に送っていたのだが、そのいくつかは、そのまま原稿に使った。そのおかげもあり、執筆は思いのほかすいすいと運んだ。

 原稿に事実の誤りがあってはならないので、何人かの人に原稿チェックをしてもらう。私の主治医である東京大学医科学研究所附属病院の内丸薫医師と国立がん研究センター中央病院の田野崎隆二医師の二人には、原稿で何箇所も登場してもらっているので、特に詳細にチェックしてもらわなければならない。いずれも超多忙なので、心苦しい思いでお願いしたのだが、返ってきた回答に感動してしまった。

 原稿の細かいところまで目を通して、まちがいを指摘してくださったことにまず感激。さらに、それぞれ自分がなぜ医師を目指したか、なぜ専門分野としてATL治療を選んだかについて、「出会い」、「運命」という言葉を使った「感想文」を添えてくれたことに感動した。医師としての率直な心情の吐露である。

 患者と主治医との関係で、患者は病気の自覚症状を伝え、治療の苦しさ、厳しさを訴える。今度の原稿では、患者が闘病をどう受け止め、それが自分の人生にとってどういう意味を持つのかを書いた。両主治医は私の原稿を読んで、患者である私がそんなことを考えていることを初めて知ったのではないか。それに触発されて、自分の医師としての運命について思いを馳せた結果、私にその思いを伝えてきたと推察している。今回、ブックレットを書いたことには、こういう意味もあるのだということを知らされた。

 「本を書きませんか」という岩波書店の山本さんの誘いに「やりましょう」と乗ったのは、記憶が薄れないうちに、闘病の記録を残しておきたいと思ったからである。それが半分と、「出版パーティーをやりたい」というのが理由のもう半分である。

 平成元年に最初の著書「豊かな福祉社会への助走」を出版したが、その際に開催した全国の障害福祉の仲間二百人が集合した出版パーティが楽しかった。大勢の人に出版をお祝いしてもらうのがうれしかったというだけではない。パーティーで知り合った方々の間でネットワークが自然にできあがり、そのネットワークが障害福祉を進める力になったことを知った。同じ志を持った人たちが集まるパーティーの効用に目覚めたのである。

 出版についての原体験がこういったものなので、出版パーティーをやりたいがために本を書くという性癖ができあがったようである。今回の出版にあたっても、出版パーティーを開く。私の病気のことを心配してくださった人たちに元気な姿をお見せする「病気回復報告」という意味もある。

 「浅野史郎さんの出版を祝う会」の正式名称に加える副題は「出会い・語らい・明日への助走」である。最初の出版パーティーの副題の再現。あれから23年、あの時の仲間たちは23歳分年取った。41歳の私が64歳になった。みんなそれなりに年をとったが、それでもなお「明日への助走」を標榜したい。我々にはまだまだ未来がある。出版パーティはそのことを確認する場になるといい。そんな思いを副題に託している。

 たかがブックレットの出版ではあるが、その背景にはいろいろなストーリーがある。結局は、本の出版は面白いということに通じる。「運命を生きる―闘病が開けた人生の扉」は岩波ブックレットとして5月8日発売予定。定価588円。今回は私の本の宣伝と見られるとしたら、それは私の真意ではない。


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