月刊年金時代2011年11月号 「おまじないについて」 子どものころ、転んで膝をすりむき、泣いているところに、母親がやってきて、「ちちんぷいぷい、痛いの痛いの飛んでけー」とおまじないを唱えてくれた経験は、誰にでもあるだろう。「ちちんぷいぷい」は、昔からある、全国共通のおまじないである。 「ちちんぷいぷい」は効く。子を思う母親の声音が、痛みを癒す。母親が気持ちをこめてまじないを唱えれば、言われた子は、「痛くない」という暗示にかかってしまう。 これに似た暗示効果は、ATL(成人T細胞白血病)で入院治療を受けているときに、私も経験した。抗がん剤の点滴注入のためのチューブを血管に埋め込む施術がちょっと怖い。痛みも伴う。施術にあたった大野伸広医師は、「私は、この施術では日本で三本の指に入る正確さとスピードを誇っています。お任せください」と言ってからチューブ埋め込みにとりかかった。これが怖くない、痛くない。あっという間に終わった。 ほとんどの患者が痛いといっていやがるのが、骨髄液を患者から採取するマルクである。日本語では骨髄穿刺。文字を見るだけでも痛そうだが、大野医師を「名人」とあがめる私が受けたときは、全然痛くなかった。これは、暗示効果だろう。「ちちんぷいぷい」を事前に唱えたようなもの。このおまじないは効くのである。 同じく入院中に、治療に入るにあたって、治療の内容とともに、それがもたらす効果だけでなく、リスクについても、患者に対して分かりやすく説明がある。それを聞いて、内容を理解したうえで、患者は治療を受けることに同意する。この過程を「インフォームド・コンセント」というが、私の場合、U先生から「この治療で致死性の副作用をおこすことがあります」、「この薬の使用により、回復不可能な障害を残す可能性があります」と並べられて、さすがに、背筋が寒くなった。それを救ったのが、大野先生で、「浅野さん、大丈夫だから、必ず治るから。大船に乗った気でいてください」と言ってくれた。まさに、これがおまじないで、その結果ということだろうが、私の病気は治ったのである。 闘病について、もっとさかのぼれば、最初にATL発症の告知を受けて、恐怖感と無力感に襲われた私を救ったのが、「この病気とは闘う。そして必ず勝つ」と自分とそばにいた妻に言い聞かせた言葉である。「必ず勝つ」は決意表明ではなくて、「ちちんぷいぷい」である。これを、後になって、「根拠なき成功への確信」と呼ぶことにしたが、無理やり翻訳すれば、「痛いの痛いの飛んでけ」のおまじないである。 アメリカに住んでいた時、私がくしゃみをしたら、隣にいた友人が、「Gesundheit!」と声をかけたので驚いた。「God bless you!」と言われることもあった。前者はドイツ語で「健康」、後者は英語で「神の恵みを」である。昔の人にとっては、くしゃみは、とても不吉なものなので、「お大事に」ではなく、おまじないの言葉が必要だったのだろう。子どもがくしゃみをしたときに、「くさめ、くさめ」とおまじないを唱えないと、子どもが死んでしまうという尼さんが「徒然草」に出てくる。日本も西洋も、おまじないとして共通なのがおもしろい。 同じく、アメリカでの経験。「明日の試験は、俺は絶対合格する」と友人に言ったら、「Touch wood」と唱えて、なんでもいいから木でできたものを触れと言われた。神のみに許された予言の言葉を、無力なお前が傲慢にも真似たようなことだから、神を怒らせてしまう。言ってすぐに、Touch woodと唱えて、木でできたものを触れば、神のお怒りはおさまるというおまじないである。調子に乗った発言に、自分でブレーキをかけるということを、木に触るという行為で確認するということなら、このおまじないは効果ありだろう。 隣の部屋に箒をさかさまに立てかけておくと、お客は長居をしないというおまじないがあるのをご存知だろうか。「サザエさん」にそんな場面がよく出てくる。今は箒すらなかなか目にしないのだから、こんなことをおまじないに使う人はいないだろうが、このおまじないは効くはずである。ふすまを少し開けて、隣室にいる客に、箒をちらと見せるように仕組めばではあるが。 子どもの頃、たこ薬師さんのまじないに頼ったことがあった。手にできたイボに、たこ薬師さんからもらった御札を貼ると、イボが消える。たこ薬師さんは、わがふるさと仙台だけでなく、あちこちにあるから、このまじないのご利益にあずかった人はいっぱいいるはず。イボだけでなく、タコ、痔にも効くおまじないらしい。 誰でもやったことのあるおまじないは、てるてる坊主。これは、どう考えても、おまじないとしては効果がない。天気は、てるてる坊主をぶらさげたあんたにだけ関わっていることじゃないからね。 怨念をこめたわら人形を五寸釘で刺すというおまじないはどうだろう。怨念だけで済まずに、実際に憎い相手を死に至らしめた場合、わら人形がみつかれば、殺意を示す証拠となるかもしれないという意味では、おまじないは効いているのかもしれない。 国会審議で攻め立てられる某大臣が、手のひらに「忍」の字を書いて、答弁席に座っているということがあった。これはおまじないというよりは、自分に言い聞かす戒めだったのだろうが、効果はあったらしい。 私が「考案」したおまじないがある。私は、デジタルの電波時計を腕時計として使っている。ふと見た時計の数字が「ぞろ目」になっていたら、「ビンゴ!」と声を発する。そうすると、何か幸運が訪れると信じている。実際に遭遇して、興奮してしまったのは、平成11年11月11日の11時11分11秒に腕時計を見た時である。大ビンゴである。「ビンゴ!」が実際に幸運をもたらしたことは、今まで一度もないので念のため。 最後にもう一度繰り返す。「ちちんぷいぷい。痛いの痛いの飛んでけ」のおまじないは、まちがいなく効く。身体だけでなく、心が痛いとき、これを唱えて欲しい。痛みは、必ずなくなる。信じて欲しい。
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