浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

月刊年金時代2009年7月号
新・言語学序説から 第83

「前座について」

 年間かなりの数の講演をこなしているが、ほぼ毎回、「前座」なるものをやっていた。前座は、大物歌手の登場前に、下っ端歌手が場つなぎに露払いとして歌ったりするものであるが、私の場合は、私の講演の前座を私自身が務めていた。

 私の講演開始が15時とすると、開場は14時半。14時40分ぐらいに、壇上に上がっていって、突然、話し出す。「15時から講演予定の浅野史郎です。早めに会場に来て、受付を手伝っていたのですが、係りの人に『邪魔だ』と言われ、こっちに来ました。皆様も、早めに会場入りして、ボケーッと居てもなんでしょう。私がここで、歌を3,4曲歌います」(拍手)「カラオケセットがないらしいので、歌をやめて、少しお話をします」という調子で始まる。

 この「前座方式」は、3,4年前、仙台の宮城県民会館に永六輔さんが講演に来られた時に見て以来、真似している。舞台に座り込んで、前座をやっていたのが、とても面白かった。話の中身も面白かったが、前座をやること自体に、わくわくさせられた。早速、「俺もやってみよう」ということで始まった。

 前座の妙味は、サプライズである。15時からの講演を聴くために、14時45分に会場に入ってきた人は、びっくりしてしまう。とまどってしまう。十分時間的余裕をもって会場入りしたのに、今日の講演者が舞台でしゃべっているのだから、時間をまちがえたのか、自分がおかしいのか。「そういう方のとまどった顔を見るのが楽しみで、前座をやってます」といったことを永さんは、おっしゃったような気がする。このフレーズは、私も著作権法違反で使っている。

 私のオリジナルとしては、早口言葉である。「松坂大輔投手だって、突然マウンドに上がってボールを投げるわけではないですよ。ブルペンで、十分肩慣らしをしてからマウンドに上がる。私だって、講演の前には口慣らし、舌慣らし、声慣らしをします」と言っておいて、「赤・雨合羽、青・雨合羽、黄・雨合羽」、「ジャズ歌手、シャンソン歌手」、「ブスバスガイド、バスガス爆発」を三回ずつ早口で言う。「これで口のほうが回ることは確認できたので、次は、頭が回るかどうかの確認」と言って、「平成13年9月11日の・・・」で始まる「旧テロ特措法」の正式法律名128文字を、これも早口で唱える。大体ここで、会場から拍手が湧く。「半分の方からは、馬鹿にした拍手ですね」と引き取る私。

 前座をするのには、実質的な意味がある。会場の聴衆の気持ちをリラックスさせる。私としては、「講演の際にも、笑っていいんですからね」ということを伝えているつもり。

  私にとっての意味は、会場の埋まり具合を知るということである。通常の講演だと、演者は、控え室で待機していて、講演開始5分前ぐらいに会場に案内される。その時には、会場は満杯。そうすると、会場が、どういう経過で埋まっていったのかがわからない。「後の席から埋まっていくような講演会は、ろくなもんじゃない。『浅野の講演なんて、別に聴きたくない。義理で来ただけだから、寝てても目立たないし、途中で抜けるのにも便利な最後部の席がいい』ということですから。前の席から埋まっていく講演会なら、『ぜひ、浅野さんの講演を聴きたい。だから一番前で聴きたい』という人が多いということですからね」。

  うなずきオバサンの話もする。「こんな話、わかってもらっているのだろうか、聴いてもらっているのだろうかということが、とても気になります。そんな時、会場の中で、私の話に合わせて、タイミングよく、うなずいている方を見ると、とても安心するのです」。実際のところ、うなずきオジサンはいない。うなずきお嬢さんというのも少ない。歳の頃なら50代又はそれ以上という女性が、うなずきオバサン候補である。

  「講演も、私ほど数をこなしていると、ここから会場を見回して、聴衆の方々のお顔を見ただけで、知的水準というのがわかるんですね。今日のところは、中の下ぐらいのレベルで話してみようか」(笑い)「いや、今日の方々は、上の上ですよ」と付け加える。「後のほうの席で、居眠りされるのは、どうせここから見えないからいいのですが、この真ん中、前のほうにお座りの方は、どうか、寝ないようにお願いしたいのですが」と言うこともある。こんなこと言っていても、何人かは、必ず、前のほうで寝る人が出てくるのだが、前座だからこそ言えるメッセージである。

  前座では、私の趣味のジョギングの話、知事時代の思い出など、講演とは、全く無関係なことを、受けねらいで、聴衆をいじりながら、脈絡なく話す。終わりのほうで決まって言うのは、「どこでも前座やっているんです。この前座が結構評判がいいんですよ」(笑い)「この後、講演をやって、終わった後、言われるんです。『浅野さん、前座のほうが、よかったと思います』」(爆笑)

 「携帯電話をお持ちの方、この後、講演が15時から16時半まであります。16時半に講演が終わったところで、携帯電話の電源をもう一度お入れになることを、どうかお忘れにならないように」。この後登場する司会者の注意事項を、私が先に言ってしまうという意地悪であるが、もうひとつ、意味がある。「『携帯電話の電源を切るか、マナーモードにしてください』というより、こちらのほうが、感じがよくないですか。でも、16時半に電源入れてくださいということは、今は電源切っておけということなんですからね。フランスはパリのオペラ座では、こういうアナウンスをするらしいですよ。もちろん、日本語ではないですがね」と付け加えて、前座を終わることになる。

  最初の段落を過去形で書いたことにお気づきになっただろうか。前座だけではない。講演そのものも、しばらくの間、休止する。私の健康上の理由である。そして、この連載も、しばらく休止することをお伝えしなければならない。こんな拙文にもかかわらず、これまでのご愛読、まことに、ありがとうございました。


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