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月刊年金時代2009年5月号
新・言語学序説から 第81

「意味の違うことばについて」

 同じ言葉でありながら、意味が微妙に違う例がいくつかある。思いつくままに。

ごはん  
  「今度、ごはんでも一緒に食べようか」という時の「ごはん」は、米の飯のことではない。「お食事を一緒に」という意味である。その「お食事」であるが、和食のコース料理の最後のほうになると、お店の人から「お食事はいかがしますか」と聞かれる。この場合は、コースの締めで、白いごはんか、お茶漬けか、おそばかということである。そもそも、コース全体が「お食事」であるのだが、改めて「お食事は?」と尋ねられるのである。

 同じようなことで、「お酒」がある。「お酒飲みに行こう」と誘われても、日本酒を飲むことではない。「とりあえずのビール」もあるし、ウイスキー、焼酎もオーケー。ただし、注文の際に「お酒」と言ったら、日本酒が出てくる。

 動詞では、「寝る」、「抱く」がある。男と女という場面では、通常使われるのとは違う意味になる。特に、例を挙げるとか、解説は、あえてしない。

適当  
  本来は、不適当の反対語であるから、いい意味である。しかし、「適当な奴」は、悪い意味である。「いい加減な」ということ。この「いい加減」というのも、加減がいいのだから、悪い意味ではないはずなのだが、今では、「いい加減」というのがいい意味で使われる場面はほとんどない。

  「適当」は、実に微妙な言葉である。私が使う時には、「適当な人材を当てろ」といった指示をするにあたって、「不適当の反対の意味の適当だからな」と念を押すこともある。「適当な」といった両義的な言葉はなるべく使わずに、いい意味で使う時には、「ふさわしい」とか「相応の」と言い換えたほうがいい。悪い意味の時は、「適当」ではなく、「テキトー」とカタカナになるのだが、話し言葉では違いはわからない。

遺憾  
  これは、残念だという意味と、ごめんなさい、申し訳ないという意味がある。「まことに遺憾に存じます」というのは、ごめんなさいという意味で使われる。不祥事があって、責任者が出てきて謝る場面で、「遺憾に存じます」を「ごめんなさい」ではなく、「残念です」という意味で使っていることがある。ただし、聞いているほうは、「ごめんなさい」と受け取っている。すれ違いである。

 英語のSORRYも、似ている。ごめんなさい、残念だに加えて、気の毒だという意味も持つ。ただ、用法によって、意味が混同されることはないが、「遺憾」については、混同される可能性が高い。政治家などは、そのことを意識しつつ、「遺憾」を多用する傾向がある。記者会見などで、「遺憾です」という答があったら、記者としては、「それは、申し訳ないという意味ですか、それとも残念だということですか」と確認する必要があると思う。

挨拶  
  「元気のいい挨拶」と聞いた時、大きな声での「おはようございます」を思い浮かべるだろうか。それとも、パンチの効いたスピーチを連想するだろうか。もうひとつ、「あの先生に挨拶しておいたほうがいい」といった使われ方では、訪問してのご説明という意味である。これは、用法によって、混同のおそれはまずないのだが、「おはようございます」とスピーチを混同することはある。

 会社や役所という組織では、「挨拶が大事」ということはよく言われる。が、若い新人にとっては、「元気な声で挨拶しろよ」ということだろう。ある程度以上の役職に就いている人にとっては、人前でのスピーチの機会が多い。その時に、きちんとしたスピーチをしろよと言われていることになる。この辺は、混同することはないのかもしれないが、私としては気になることである。

はやい  
  漢字で書くと、早いと速いと二つある。「おそい」の場合は、「遅い」ひとつ。英語では、EARLYとFAST、遅いの場合は、LATEとSLOWと全く別な単語になる。つまり、意味が違う。

 早朝ランナーの私が、この用法で迷うことがある。30分行ったところで反転して、戻ってくるという走り方をしている。往路が30分、復路は少し飛ばして、29分で戻ってくるとする。日記の叙述で迷う。「今朝は、帰りが1分早かった」なのか「1分速かった」が適当(この場合はいい意味)なのか。速く走れば早く着くのである。どっちかな。

 早いと速いは、相当に知的水準が高い人でも、誤用することがある。早く走るとか、速く着くとか。音声言語では、どちらも「はやい」。なぜ、英語のように、全く違う単語になっていないのだろう。日本人の時間の観念に関わることではないのかと思うところもあるが、私の言語能力では、そこまでの洞察は無理である。

かわいがり  
  通常の使われ方では、孫をじいさんが甘やかす状態などを表す。これが相撲部屋で使われると、力士をかなり乱暴に鍛えるということになる。時津風部屋で、序の口力士が、この「かわいがり」により、死に至るという事件があった。特定の世界で使われる隠語である。隠語というだけあって、どうも印象としては暗いものを感じる表現である。

 「総括」というのも同じ。学生運動華やかなりし頃、これは集団の中で、特定の個人なりグループに対して、集団の多数派とかボスが断罪する行為として使われた。「総括せよ」という命令は、「反省せよ」ということであるが、単なる反省よりは、厳しい罰もあり得るような行為である。仲間内だけで通じるような用法で、隠語のようなものなので、どこか禍々しいものを感じる言葉である。

言語学  
  通常は、ちゃんとした学問であるが、この雑文のタイトルで使われているのは、学問とは縁もゆかりもない。冗談のようなものである。どうか、そのように受け取って欲しい。


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