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月刊年金時代2009年2月号
新・言語学序説から 第78

「説得力について」

 口がうまい人がいる。同じことを言っても、本当だなと信じてしまう人と、どうもおかしいと聞こえてしまう人がいる。説得力の違いである。信じるか信じないかだけでなく、どちらの方向に進んでいったらいいのかに迷う時に、説得力がある人の言を聞くと、自信をもって次の行動に移っていける。

 書き言葉、つまり文章に説得力がある人がいる。その人の書いたものを、なるほどとうなずきながら読むことになる。論理の力もあるが、文章の力もある。福沢諭吉の「学問のすすめ」、西田幾多郎の「善の研究」などは、我々は文章でしか知らないが、それで心を動かされてしまう。悪い例であるが、アドルフ・ヒットラーの「わが闘争」は、アジ演説の文章版のようなもの。これでナチズムの行動に突き動かされたドイツ国民も多かったろう。

 書き言葉による説得もあるが、話し言葉による説得の機会のほうが多い。説得力を商売道具にしている人たちがいる。自動車を売り込む社員、生命保険の勧誘員、キャバレー(今は死語か)の呼び込みなどは、説得力が命である。商売ではない悪い例としては、振り込め詐欺、インチキ宗教の布教、結婚詐欺、そして女たらしが思いつく。

 これも説得力というのが腹立たしいのだが、次から次と、新しい手口を繰り出してくるのが振り込め詐欺である。ニュースで振り込め詐欺の報道に接した時に、「こんな言葉に引っかかるなんて、あるのかな」と思って聞いているが、被害件数と被害金額を知ると、驚いてしまう。引っかかる人が後を絶たないのである。

 だますほうの説得力というか話術もあるが、警察、銀行、税務署、社会保険事務所など、権威ある機関からの人間だと名乗る時点で、だまされるほうは、信用してしまう。名乗った時に、「おかしい」と思わせない時点で、振り込め詐欺は半ば成功したのも同然である。

 それで思い出したことがある。あるテレビ局のメイク室でのこと。番組出演の前のメイクをしてもらっている時に、二十代らしき担当の人が「この年になると、一年が短くて・・・」と言うので、「あなたの年でそうだったら、還暦過ぎた俺はどうなるの」と言い返した。「えっ、浅野さん、還暦過ぎているんですか」と驚くのに対して、「俺たち宮城県地方では、還暦は五十歳なんだよ。還暦の年齢は、全国でいろいろあって、和歌山県では六十五歳なの」と答えたら、彼女はすっかり信用した風情であった。

 私が五十代に見えたということを自慢しているのではない。彼女が、こんな荒唐無稽なホラ話を信用してしまったのは、私の言葉に説得力があったからと言いたかった。まじめな顔で、もっともらしく、自信たっぷりに言う私の態度に説得力があったのだろう。隣で聞いていた某新聞の論説委員のY氏は、「『和歌山県では六十五歳』というのに、妙に説得力があって、私も一瞬『そうかな』と思ってしまいました」というから、私の説得力も相当なものなのだろう。Y氏の「でも、前知事とか、大学教授とかいった浅野さんの肩書きの人が言うから、信用してしまう」の言葉に、「そうかもしれない」と納得し、振り込め詐欺を連想したということである。

 逆に、「千三つ」(千に三つしかホントのことを言わない人)とか、「話半分」と評判を取っている人もいる。最初からわかっていれば、だまされないのだが、それがわからないから困ってしまう。新聞やテレビの報道は嘘をつかないと、一般には信じられているので、たまに、ごくたまに、誤報があると、信じさせてしまった分だけ影響は大きい。なにしろ、マスコミであるから、一人を相手にするのではなく、大衆相手だから、始末が悪い。

 昨年末にTBSテレビの力作「日米開戦と東条英機」のドラマを見ていて、改めて説得力ということを考えてしまった。当時、大きな影響力を持っていた言論人である徳富蘇峰の「対米開戦すべし」の論調には、ものすごい説得力があった。多くの国民が、この論を熱狂的に受け入れていたことが、ドラマでも紹介されていた。徳富蘇峰の論に説得力があったことも確かであるが、国民の側にも、その論を受け入れたいという土壌があったはずである。説得する側と説得される側、相乗作用によって国論を開戦に導いていった。その過程において、マスコミが果たした役割も大きい。開戦反対の論調は、その内容に説得力があるなしにかかわらず、国民の間に蔓延する「日米開戦すべし」の「空気」の中で雲散してしまうという図式である。

 アメリカ大統領選挙におけるオバマ候補の説得力ある演説。不思議なことに、日本でその演説を聴いていた英語のわからない人にも、「説得力あり」と印象づけたものは何だったのだろう。言葉だけでなく、話す際の身振り、顔つき、声の調子、そのすべてが説得力に貢献している。翻って、わが麻生太郎首相の演説、記者会見での説明ぶり。説得力があるだろうか。ここは、疑問文だけで終わっておく。

 日本の政局は、今年は、大きな転換点を迎える。政権を賭けての総選挙がある。自民党・公明党の現与党の政策と政治姿勢、対する民主党など野党勢力は、どのような説得力で国民に政権交代を迫るのか。小泉純一郎元首相の「ワンフレープ・ポリティックス」が、意外なほどの説得力をもって国民にアピールしたことは、必ずしも、いいモデルと考えてはならない。表面のわかりやすさ、かっこよさだけで、説得されては危うい。言っている内容としての政策や方向性が、日本の将来にとって、どのような効果を持つことになるのかを、じっくり考えなければならない。

 伝えるマスコミや評論家、コメンテーターと呼ばれる人たち(私もその一人)の責任も重い。政治家たちの表面上の説得力に惑わされずに、虚飾や誇張を取り除いた真意を、国民にきっちりと伝える通訳的な役割も、誰かが担わなければならない。 ところで、今回だけではないが、私の文章は、それなりの説得力をもって、読者の方々に届いているのだろうか。


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