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月刊年金時代2008年9月号
新・言語学序説から 第73

「誤字について」

 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス、略称SFCで教えて、3年目である。講義の模様は、2006年6月号「講義について」で紹介した。その中でも触れたが、毎回の授業で学生に書かせるコメントに、誤字がたくさんみつかる。今回は、そのことについて、書いてみる。

 授業においては、毎回、レジュメを作成している。その日に講義することになる内容について、項目だけであるが、並べておくことによって、学生が講義を聴き易くするという趣旨である。

 実は、レジュメ派は少数である。多くの教授は、パワーポイントなるものを用意して、話している内容のポイントを文字にしたものを、演台の後ろのスクリーンに大写しにして、学生に示している。これをやると、学生は、私のほうを見ずに、スクリーンを眺める格好になる。それがいやなので、私は相変わらず、レジュメを使っている。

 レジュメの上のほうには、「前回の質問」を掲げる。大教室での授業なので、教室内での質問のやりとりがやりにくい。コメント用紙に書かれた学生の質問には、次回に、全部回答をする。その質問項目は、毎回、20以上に及ぶ。

 その次に来るのが、「前回の誤字」である。学生の誤字を丹念に拾い、→を付して、正誤を明らかにしてあげる。これは、レジュメに書くだけで、解説は一切やらない。学生が、同じ間違いを何度も繰り返すことに気がついてからは、学生の姓はイニシャルにして、名前を残すことにしている。

 これを親切と理解するか、いやみ、いじめと受け取るかは、学生次第である。全く任意に取り出してみたが、昨年5月某日の「政策協働論」のコメント用紙に現れた誤字を、そのまま書き抜いてみる。カッコ内は、正しいものである。浅野史朗、防げ(妨げ)、活生化、賛正、非情に有益、衛そうに(偉そうに)、講議、区夫(工夫)、地自体(自治体)、侵透、利念(理念)、有秀(優秀)、活働、為善的、制席(制度)、至金を苦面する、顧用(雇用)、視屋(視野)。

 浅野史朗と名前を間違えられるのは、軽いショックである。習っている教授の名前ぐらい、早く、覚えて欲しい。これは誤字というよりも、教授への感心のなさであろう。実は、感心(関心)の間違いは、誤字ベストテンの上位である。ちなみに、トップは、講議(講義)であり、毎回、注意するが直らない。上記の「至金を苦面する」は、感覚としては面白いが、果たして、本来の漢字の使い方を知った上での上級者コースなのかどうかは、不明である。

 誤字としての頻度が高いものを、思い出す限り、挙げてみると、幣害(弊害)、借す(貸す)、不詳事(不祥事)、専問(専門)、当時者(当事者)、最もだ(尤もだ)あたりである。地方自治も教えていることから、よく出てくる間違いは、知事を地自、自治体を地治体・自地体、議員を義員といったものである。これらは、誤字というよりも、基本的知識の不足ということだろう。それにしても、知事を地自はないでしょ。浅野前地自と書かれても、私にも誰のことやらわからない。

 授業では誤字の問題となるが、レポートとなると、変換ミスが顕著である。私が最初に課したのは、政治学に関して、学期の途中での中間レポートであった。レポートは、手書きではなく、パソコン入力としている。レポートの採点をしていたら、出るは、出るは、変換ミスだらけ。10人中、全くミスのないのは、一人いるかどうかというほどである。2ページのレポートがミスだらけで、10箇所を越す猛者もいた。

 怒るより、笑ってしまったのは、「この点については、字数の関係もあるので、ここでは便座上、省略することにする」というものであった。彼は、便宜上と書きたかったのだろう。次の授業の時に、「このレポートは、トイレの中で書いたのか」と言いつつ、これを紹介したら、案の定、教室は笑いの渦。「笑っている場合でないだろう。他のレポートも同じようなものだ。諸君は、このレポートを書くのに、1時間や2時間はかけているだろう。先生は、一つのレポートを3分間で採点している。こんな間違いは、3分間で読み返しても、必ずみつかるはずだ。つまり、君たちは、見直しの3分間の手間を惜しんでいるから、こんなバカバカしい間違いをしてしまう」と怒ってみせた。

 さすがに、学生気質だと思ったのは、学期末レポートでは、同じ学生たちが、ほとんど変換ミスを犯さないこと。中間レポートの変換ミスだらけを怒って見せた後、「最終レポートでは、変換ミスは、採点の際に減点の対象とする」と付け加えたからである。なんだ、やればできるんだと感心するのと、採点を持ち出すと本気になるなんて、なんと功利的なことと思うのと、半々であった。

 先日終わった春学期の「政策協働論」では、これまでのレポート方式をやめて、試験を実施した。80分間で、3問の回答と、2000字程度の小論文を書かせるという、かなり難易度の高い試験であった。「先生、頭も手も、腱鞘炎になってしまいました」という学生が続出であったが、全問回答の学生は、せいぜい3割と予想していたのに、ほとんどが全問に回答している。一方で、誤字も少なからず見られた。

 親切心旺盛の教授としては、履修学生全員に、「あなたの誤字は、これです」というメールを送ってあげた。「誤字はありませんでした」が6割程度で、一応、ほっとする結果ではあった。「こういう誤字があった」と、メールまで送られた学生としては、迷惑のほうが先に立つかもしれない。送ったメールにも書いたが、私とすれば、社会に出てからのことを思えば、今、気がついておくことが大事ということなのだが、親の心、子が知ってくれるかどうか。

 ところで、この原稿に、誤字や変換ミスはなかっただろうか。もちろん、校正で正したものが活字になっているのだから、あるはずがない。校正段階ではどうだったか、そんなこと聞いてどうするのですか。


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