浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

月刊年金時代2008年7月号
新・言語学序説から 第71

「おバカキャラについて」

 東横線の中で、「スザンヌにだってできます」という商品広告を見た。IT関係の商品で、操作がそれだけ簡単だということを売り込んでいる。スザンヌなるかわいらしい女性の全身写真が使われているこの広告は、還暦おじいさんの私の目を奪う。

  この還暦おじいさんは、スザンヌが、テレビのクイズ番組で無知ぶりをさらけ出していることを知っているから、この広告の意図を理解している。だからこそ、「オッ」と目を奪われ、「クスッ」と笑ってしまう。

 正真正銘の日本人女性が、スザンヌという名前でテレビに出ていることも、ちょっと変だ。スザンヌの妹はマーガリン、おかあさんはキャサリンと呼ばれている徹底ぶりである。スザンヌをはじめとする何人かのタレントが、「おバカキャラ」と呼ばれて、テレビなどでそこそこ以上の人気を博しているらしい。

 先ほどの車内広告。そこに出ているスザンヌが、おバカキャラの一人であることを知らないと、なんのことはない広告と思えるだろう。「こんなおバカでも、操作ができるほど、簡単なんだからね」ということを、その商品のウリにしている。大昔、前参議院議長の扇千景さんがずっと若い頃、8ミリカメラを手にして、「私にも映せます?」とほほえみかけるテレビコマーシャルがあって、私はその笑顔に心ときめかしていた。あの場合の扇さんは、決しておバカキャラではない。若い、ふつうの奥様でも撮影が簡単ということを、素直に表現していた。

 テレビには、「どう見てもこの人は・・・・」というおバカなタレント(「タレント」とは、「才能」という意味だから、この表現は論理矛盾かも)が出ているのは、昔からあること。しかし、その人たちを「おバカキャラ」とひとまとめにし、しかもその呼び名をセールスポイントのように使っているのは、新しい現象だろう。漫才には、突っ込み役とボケ役がある。ボケ役は、役としてボケをやっているのであって、ホントにおバカなわけではない。「アホの坂田」というお笑いの人がいたが、これはお笑いだから許されることである。

 お笑いでない、ちゃんとしたタレントが、「おバカキャラ」と言われることに、本人たちは抵抗がないのだろうか。彼らの親は、自分の娘や息子が「おバカキャラ」と呼ばれるのを見て、嘆き悲しまないのだろうか。彼らが長じて、子どもを持つようになった時に、その子どもが通っている学校で、「お前のとうちゃん(かあちゃん)、おバカキャラなんだよな」と言われていじめられる心配はしないのだろうか。余計なお世話だと言われることは承知しながら、私はなんとなく心配なのである。

 現実生活の中でも、おバカキャラと言いたくなる場面には、何度も遭遇する。背広にネクタイ姿で、マンガ雑誌をむさぼり読んでいる大の男を電車の中で見る時がそうである。読むなとは言わない、人前で読むのはやめたらどうか。電車内で化粧に夢中の女性に投げかけたくなる言葉と同じものを、大の男にも向けたくなる。政治家の中でも、マンガ愛好家はいらっしゃるが、あの方は、電車の中で読む機会はないだろう。これも余計なお世話だと承知しながら、付け足してしまう。

 電車の中で、向い側に坐った高校生と思しき二人が、大きな声でバカバカしい話をしているのが目についた。坐り方もだらしないし、話し方にも知性が感じられないし、内容は引用できないほどバカバカしい。周りに他人の目があることを意識していない。文字通り、傍若無人である。こういうのは、おバカキャラというよりは、バカそのものだろう。その二人のうちの一人が、電車を降りる時に、私のところにやってきて、「浅野さんですよね、握手してください」と言うのには参った。握手には応じたが、私を知っているところを見ると、それほどバカではないのかなと思わされた。話が横に逸れた。

 人間、他人にバカ呼ばわりされたり、バカにされたりすると怒る。「おバカキャラ」は、本人公認の称号だから、言われた本人が怒ることはない。開き直りというか、露悪趣味というか、他人にそう言われて喜んでいるクチである。でも、それって、やっぱりおかしいと思う。「おバカキャラ」というのが受けるのは、テレビの中だからである。そのテレビも、彼らのそもそもの出生地であるクイズ番組とか、さらに成長を遂げて出演しているバラエティ番組の中だけでのことだろう。はっきり言えば、そういったテレビ番組自体が劣化しているからこそ、「おバカキャラ」が受けるという現象が生じているのではないか。

 百歩譲っても、おバカキャラは一人でいい。おバカキャラクターズという複数形になってはいけない。団体でのおバカキャラというのでは、世も末ではないか。つるの剛、野久保直樹、上地雄輔が集まって、「羞恥心」というユニット名でCDデビューをした。名前の由来は、ヘキサゴンのある問題で、この三人が「羞恥心」という字を読めないだけでなく、意味もまったくわからなかったのを見た司会の島田紳助から、「お前らこそが羞恥心や」と言われたことだそうだ。ちょっとおバカな女の子3人組Paboが、「羞恥心」より早くデビューしている。ほんとにおかしな現象である。

 それにしても、おバカキャラの出てくるクイズ番組での、彼らの珍回答ぶり、無知ぶりというのには、笑ってしまう。スザンヌは、本田技研を都道府県の一つと思っていたというエピソードに爆笑したり、クイズ・ヘキサゴンの番組で、問題を読まされたもう一人のおバカキャラが、「春日局」を「はるひきょく」、乳母を「にゅうぼ」、「産湯」を「さんゆ」と読むのを聞いて大笑いしてしまったりしている私である。

  なんのことはない、「劣化している」テレビ番組を私が見ていることを告白してしまった。そこに出てくるおバカキャラの姿を楽しんでいるということで、彼らが人気者になるのに一役買っていることにもなる。そういう矛盾する行動をしている自分自身が、おバカキャラなのかもしれないという反省の弁で、この文章を終わることになる。


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