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月刊年金時代2007年6月号
新・言語学序説から 第58

「都知事選について」

 この連載、しばらく休んでいた。3月22日告示、4月8日投票の東京都知事選挙に、私が突如立候補して、落選したという事情からである。「突如」と自分で言うのも変なのだが、実態として、突然の出馬であったことはまちがいない。時間も気持ちの余裕もなかった。とても、とても、この連載を続けることは無理だったということである。

 選挙の結果が出て、身辺も落ち着いた。「連載を再開して欲しい」との声は、うれしいことではある。選挙後、あっという間に元の生活に戻り、敗戦の痛みも、あっという間に忘れることができたのは、私にとって悪いことではない。元の生活の一つに、この連載もあったということを改めて気がついた。

  再開第一回は、選挙のことである。本当は、選挙については書きたくない。どうしても、自虐ネタになってしまう。負け犬の遠吠えに聞こえるのもいやだ。ただ、他の題材が思いつかなかったということもある。

 政治における言語の役割は極めて大きい。選挙においては、特にそうである。そんな渦中に、またまた身を置いてしまった私は、言語の重要性を改めて認識することになってしまった。

 まずは、デマである。「デマについて」ということで、この連載でも書いたことがある。選挙にデマはつきものとはいうが、私にとっては笑ってすまされるものではなかった。「浅野知事時代の宮城県では、県の借金を二倍にした」というのが、ネガティブ・キャンペーンの一つとして、相手陣営から流された。これは、明確なデマとは言いがたい。であるからこそ、余計に悪質である。

 「デマとは言いがたい」というのは、これが事実だからである。私が宮城県知事に就任した時の宮城県の県債残高は、七千億円余。それから12年後、知事を辞めた時には、一兆四千億円と、確かに二倍である。他県では同様、又はそれ以上の増え方になっていること、これも事実である。東京都は、ここ数年の税収増で、都債の返済が進んだ。これは例外であり、それも知事の手腕ではなく、景気回復における東京一人勝ちの恩恵である。

 各県が県債を増やしたのは、公共事業により景気回復を図るべしという、当時の国からの強い要請への対応というのは、事情通はよくわかっている。「知事としての浅野の責任ですか」と言いたいし、言ったのだが、これが開き直りに聞こえてしまう。 県債は赤字国債とは違って、建設国債にあたるもので、道路とか、建物とか、次の世代にも残る物の建設のために使われる。サラ金からの借金ではなく、住宅ローンにあたるものであると弁明しても、文字通り弁明、弁解にしか聞こえない。言ったもの勝ちになってしまうというのが、選挙の常道であるとは知りつつも、割り切れない思いであった。

 逆の例が、石原知事の「反省しています」という言葉。あの石原知事が反省していますというのだから、いいんじゃないか、というのが大方の都民の受け止め方になってしまった。

 しかし、石原知事が反省していると言っているのは、都政の私物化、高額の出張経費、豪華な交際費、四男優遇の公私混同といった内容ではなくて、説明の仕方が悪かったことについてである。聞いているほうは、有権者のほうは、そんなところまでは頓着しない。「反省しています」という結論だけ聞いて満足する。つまりは、「反省」の字面だけを追ってしまうのである。

 「主要候補者」のテレビ討論では、私の生真面目さが裏目に出てしまった。これも言ったもの勝ち。中でも、黒川紀章候補の荒唐無稽な言辞には参ってしまった。参ってしまってはならないというのは、後からの大きな反省なのだが、真面目な議論が吹っ飛んでしまうという発言は、いかがなものだろうか。

 選挙において、演説の内容も大事だが、その他の非言語的要素も大事。例えば、声の出し方、身振り手振り、そして表情である。今回の都知事選挙で、私が何度も注意されたのは、「もっと笑顔で」ということだった。「しょうがいないだろ、こんな顔なんだから」と開き直ってはいけない。演説中の笑顔を心がけていたが、ついつい演説の中身に気を取られて、笑顔が引っ込んでしまい、またまた注意される。相手方候補を厳しく批判するような演説をしながら、「笑顔で」というのは、無理難題ではないかという気持ちが私にないわけではない。

 「もっと笑顔で」という注意もそうなのだが、候補者にとっては、こういう忠告こそが、気分的に最もつらい。相手方陣営からの攻撃や、第三者からの言いがかりは、「心無い言い方」であり、これに対しては、こちらから攻撃的に立ち向かっていけば済むことである。一方、味方陣営からの忠告は、すべて候補者のためを思った「心ある忠告」である。だからこそ、受け止める候補者としてはありがたく受け止めなければならない。忠告にきちんと対処できればいいのだが、そうでない場合は、特につらい。しかし、候補者になるということは、こういうつらさも跳ね返すこと、そう自分に言い聞かせての17日間であった。

 なんのかんの言っても、選挙で私は負けたのである。負けた原因は、上に書いたような直接的に言語が関係する部分ではなくて、政党との関係をどうするかといった、選挙を戦う図式だとか、都政運営のビジョンの描き方、提示の仕方だとか、私本人の強さをアピールする手法だとかにあったと総括している。こういった本質的な部分が、演説内容やテレビ討論での討論ぶりに反映するということは、まちがいなくあるだろうとしても、小手先でどうなることではないことは確かである。

 いろいろなことを深く考えさせられ、自分自身のこともみつめ直すことになった今回の都知事選挙であった。「浅野さんが出馬しなかったら、もっと大変なことになっていた。出てくれてありがとう」という方も多かったが、それで満足という心境にはなれない。今回のことの収支決算は、あと数年しないと出ないのだろうなと思いつつ、こんな原稿を書いている。


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