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月刊年金時代2005年1月号
新・言語学序説から 第31

「知事への手紙について」

 知事就任数ヶ月目の私のところに、広報課長がやってきて、「知事への手紙」なるものを提案した。「県政だより」に入れ込んだ用紙に、県民が自分の意見を書いて投函すれば、料金受取人払いで知事の元に届く。知事はそれを読んで、必要なものには返事を書くという企画であるとのこと。平成版目安箱のようなものと理解した。

 面白そうだが、考えものでもある。月に何千通も来たらどうする。とても読みきれない。逆に、数通しか来なければ面目を失う。どちらにしても困る。「だめだ、やめよう」と返事をしたが、広報課長はめげない。まずは、やってみましょうと食い下がる。

 日を置いての押し問答が3度ほど続いた後に、「まあいい、やってみよう」と私が折れた。その際に、気楽に書いてみようという気にさせるために、「知事さん、あのね・・・」というのを加えたらどうかと知恵をつけた。これが、「知事への手紙―知事さん、あのね・・・」の始まりである。

 小学生が担任の先生に書く手紙に、「先生、あのね・・・」という書き出しがあったのをまねての命名である。「自分に『さん』をつけるとは、なにごとか」といった批判があったとも聞く。始まってみると、県民から結構反応がいい。「県政だより」の4月号と10月号に手紙を同封するので、その月にはどっと手紙が届くが、その他の月もそれなりの数が来る。年間1,500通は、10年間ほとんど変わっていない。変わったのは、電子メールでのものが増えているということだけ。

 こんなふうにうまくいき、10年以上続いていることには、発案者も意外に思うほどである。発案者の広報課長は、10年後の現在、副知事を務めている。自分の企画が順調に運んでいることを確認して、ことのほか満足であるように見受けられる。 初期の頃は、来る手紙の七、八割に返事を出していた。そのうちの相当部分は、一枚一枚、はがきによる手書きの返信である。二年近く続けたが、さすがにしんどくなってきて、以降は私が自筆で書いた手紙を印刷したものに、簡単なコメントと日付、相手様のお名前を万年筆で書き添える方式に変えている。それでも、寄せられた年間1,500通のお手紙のすべてを読んでいることには変わりはない。

 どんな人が、どんなことを書いてくるか。それこそ老若男女である。ワープロではなく、自筆で書いてくる方が多い。読み易い書体と、そうでないのがあるのは、当然である。読みにくい字の解読は、ものすごく疲れる。一方、きれいな文字のお手紙を読むと、ほっとする。ご意見にも賛同したくなってくる。これは、人情というもの。

  年間1,500通を10年も続けているのだから、いろいろなドラマがある。 「知事への手紙」を始めてまもなくのできごと。仙台から北へ車で1時間ちょっとの小野田町で「温泉サミット」が開催された。会議が終わって会場を出たところで、一人の女性に声を掛けられた。手には、見覚えのある字の並ぶ私から彼女宛のはがきがある。

 彼女の娘は知的障害を持っている。その娘さんが通う施設がない。何とかならないかというのが、彼女の手紙の趣旨であった。私の返事は、「ともかく、担当のK障害福祉課長に話してみたらどうか」というもの。彼女は、私からのはがきを身に着けて、勇気を振り絞りK課長に会いに行った。そして、的確に対応してもらったという。

 私からの返信はがきが、彼女にとってのお守り代わりになったのかどうかはわからない。しかし、勇気は与えた。対応したK課長も、真摯に向き合ってくれた。「知事への手紙」がもたらした実績の一つとして記憶が鮮明である。

 もう一つのドラマは、このシリーズの「文字について」で紹介した。県立がんセンターに入院中の女性からの手紙をいただき、はがきで返信した。私が自筆で書いたことを彼女が確信したことはまちがいない。なぜなら、もし誰かに代筆させるなら、もっと字のうまい人に書かせるはずだから。字がまずいことの効用はここにあるといったことを書いた。その彼女の病状が進み、在宅ホスピスを利用するようになり、娘さん、お孫さんにめんどうを見てもらいながら亡くなってしまった。その棺に私からの返信はがきを入れたという話を、「在宅ホスピス連絡会議」でその娘さんから聞かされて、私も感激してしまったというドラマである。

 最後のドラマは、最近の例で、まだ継続中である。自分の住んでいる町内に精神障害者のグループホームができる。計画内容について疑問があるので、責任者に問いただすが、らちが明かない。困っている。こうなったら、知事にお願いするほかない。そういった内容の手紙が届いた。なんと、同じ日に、そのグループホームを設立する側の人からの手紙も舞い込んだ。地元の反対でグループホームの設立ができない。こうなったら、知事にお願いするほかないといった文面である。

 なんたる偶然と驚き、同時に、反対するほうの無理解をなんとかしなければと思った。こういった反対論はよくあるが、それにしては、理路整然としているし、やみくもな反対の態度とも思えない。これは、実地に調査が必要と考え、Tさんにひと肌脱いでもらうことにした。Tさんは、早速飛んで行き、その後2ヶ月間で7回もじっくりと相手方との話し合いを続けた。その結果、「反対」の人たちは、決して無理解なのではなく、むしろ問題を真剣に考えているグループであることは十分にわかった。これがハッピーエンドとなるかどうか、まだわからないが、「知事への手紙」がなければ、「よくある話」というだけで終わっていただろう。

 お手紙の中には、誤字脱字だらけ、他人に読ませる日本語としてどうかといったものもあり、「新・言語学序説」を執筆している身としては、がっくりくることもないわけではない。しかし、こういったドラマがある限りは、やめるわけにはいかないと思ってしまう。もう少し、続けていこうと思っている。


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