![]() 月刊年金時代2004年11月号 「パソコンについて」 この原稿に限らずだが、私の原稿は、すべてパソコン入力である。その前には、ワープロ入力という時代があった。さらにその前は、原稿用紙に万年筆で書いていた。「書く」と表現できる作業はその頃まで。今は「書く」とは言いながら、実際の物理的作業は「打つ」である。 「書く」という作業の時代には、原稿を書く場所は喫茶店と決まっていた。自宅ではなかなか書けない。集中できないのである。高校生の頃、お勉強を自宅でやるとすぐに飽きてしまったので、図書館を自習室代わりに使っていた。その習慣を引きずっていたということになる。喫茶店での他人の目を、さぼりたくなる自分へのプレッシャーに仕立て上げていた。 ワープロになって状況が変わった。身体が変わったとも言える。物理的にも、ワープロを外に持ち出すのは容易でない。自宅で「打つ」作業をするしかない。パソコンになっても同じ。逆に、原稿を手書きでは書けない身体になってしまった。 パソコン入力で原稿を書く人は、同じ感想であろうが、パソコン入力と原稿用紙執筆とでは、原稿の書き方がまるで違ってしまう。少なくとも私の場合、パソコン入力では、タイトルさえ決まってしまえば、あらかじめ何も考えずに、バタバタと入力してしまう。力任せ、成り行き任せ、心の赴くままということ。予定の字数よりも少し多めに書いてしまう。その後に、やおら字数合わせで、不要な部分を削る作業に入る。独り善がりではあろうが、その作業によって、文章から冗漫さが少なくなり、全体が締まってくる気がする。 手書きではそうはいかない。書いた原稿に手を入れれば、原稿用紙は汚くなってしまい、自分でも読めないぐらいになる。何と言っても、パソコンの強みは、この編集能力である。編集能力に頼りながら、書くほうはかなり無責任に気軽に原稿にとりかかることができる。 実は、パソコン入力した第一次原稿を前にして、14字×176行に字数合わせをやる作業がかなり好きなのである。なにしろ、一応は原稿を書き上げたという安堵感がある。それに手を入れて、10行削るという作業をするのだが、これがパズルを解いていくような面白さがある。そして、ぴったり176行に収め終わると、「やった!」という達成感が湧いてくる。ちなみに「14字×176行」というのが、このコラムの字数である。さらに言えば、私が最初に書く原稿は、一頁が40字×38行の横書き画面である。それを書き終えて、次に2段組で1行14文字に変換する。1行40字の横書き画面でないと、目にすんなり入って来ないからである。 といった次第で、「パソコンでないと原稿書けない症候群」に近い状態になっている。手書きで原稿を書いている時も、書くスピードは結構速かったつもりなのだが、今のパソコン原稿のほうがもっと速く書けていると思う。アメリカに留学していた時代に、必要に迫られてタイプライターを打っていたが、それが今役立っている。全くの自己流のタイピングではあるが、ブラインドタッチの真似事ぐらいにはなっているだろうか。 交通機関利用中にも原稿が書けるのが、パソコンのもう一つの利点である。曲りなりのブラインドタッチ、つまり、手元を見ないでの入力ができるので、新幹線が揺れても、飛行機が雲の間に入っても、原稿が書けるのはなんたる幸せであろう。3、4年前から、個人のホームページ上で「ジョギング日記」なるものをほぼ毎日執筆している身なので、出張中の執筆は交通機関の中でということが多い。入力した原稿は、飛行機以外ではそこから我が家のパソコンに送信できる。受けた妻がそれをホームページに掲載する。 今も、私がこの原稿を書いている隣で、彼女がイギリス旅行に行った時に撮ってきた写真をパソコン上に展開して、あれこれ編集している模様。妻が使っているパソコンのほうが、私のよりも画面が大きくて立派である。実は、ホームページの編集には、結構めんどうな作業が必要になる。一度は覚えようと思ったが、あまりに複雑なので、私としてはあきらめた経緯がある。その作業を妻がやってくれているということである。 原稿書きの様子を、さらに実況中継風に紹介すれば、「原稿を書いている隣りで」と書いたら、「隣り」の「り」のところにアンダーラインが出た。これは、「日本語としておかしくありませんか」という、パソコンの注意喚起である。気が付いて削除する。パソコンはそれほどに賢いのである。だから、パソコン原稿入力はやめられない。 パソコンの便利さ、賢さと言えば、インターネットがある。インターネットにつなげば、たちどころに最新の情報がどんどん入手できる。検索機能を使えば、必要な情報が簡単にみつかる。この連載を書く時にも、何度となく利用した。しかも、入手した情報をメモする手間もいらない。呼び出した情報の中の文章をコピーして、それをこの原稿に呼び出せば、そのまま使えてしまう。なんと容易、なんと便利。 パソコン入力であれば、この原稿をもらうほうも楽なはずである。できた原稿は、電子メールで出版社に送っている。3秒ほどで届くのだろう。手書きよりは、絶対に読み易い。その後の処理も、多分、右から左といった感じでできるのではないか。送ったほうには、コピーを取らずとも、原稿が残っている。後から参照するのに、なんの苦労もいらない。紙でとっておくのでないから、場所を取ることもない。 隣にいる妻とも話したのだが、我々二人とも、パソコンの持っている能力百のうち、今のところではせいぜい七か八ぐらいしか使い切っていない。それだけパソコンの世界は深いことになる。この七か八というのを十にまでできないうちに、死んでしまうか、パソコンもいじれないほどにボケてしまうかなのだろうな。 別に、そのことが悲しいということではない。そこまでは妻に言わないうちに、原稿書きの作業が終わってしまった。
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