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月刊年金時代2004年9月号
新・言語学序説から 第27回

「伝言ゲームについて」

  伝言ゲームをやったことがあるだろうか。ストーリーが書いてある紙が、チームの先頭に渡される。そのストーリーを先頭が列の二番目に伝える。口を耳につけた、ひそひそ話でやる。以下、二番目から三番目にという具合に、次々と伝言がされていく。最終ラインに届くスピードよりも、問題は中身。最終ラインの人が伝達内容を発表するのだが、多くの場合、その内容は当初のものと見事に違っている。そこで満座は大笑いとなる。

 大笑いで済まないのは、実際の組織での「伝言ゲーム」である。例えば、組織のトップの意向が、組織の幹部が集まる会議で伝えられる。それを受けた幹部が、それぞれの部局の幹部に伝える。さらに、部局の幹部は、その部局の職員に対して、「これが組織トップの意向である」と伝える。その内容は、最初に組織トップから発せられたものとは、大きく異なっている。

 私が属する組織でも、実例に事欠かない。この組織のトップは私なので、意向を伝える際には、私自身は内容を百パーセント承知している。情報は県庁内での会議という形では、四段階を経て伝わる。組織の最終ラインに到達した情報がどうなっているのかを知る機会は、実は、あまり多くはない。たまたま知ったその実情に、頭を抱えたり、苦笑したりということがある。

  最近の例では、ネーミング改革。内容は、前回、この連載で紹介した。ネーミング改革に関して、会議で強調したのは、改革の趣旨は、広報、マスコミ対策ではないということであった。むしろ、施策を実施する組織のメンバー一人ひとりが、その施策の趣旨を正しく理解するためのよすがとしてのネーミングであるべきことを伝えた。新しくメンバーとして参入してくる職員が、ネーミングを見れば、すぐに趣旨を理解できるようにしたい。つまりは、ネーミング改革は、まずもって、組織内部のためのものということ。対外的な受けねらいでは、決してない。この辺がポイントであった。

  そういった趣旨説明を行ったつもりだったが、わが組織の先端では、「マスコミ向けにネーミングを考えよう」ということで伝わってしまったらしい。

  どこでどうまちがったのか、誰の責任なのかを、問うつもりはない。むしろ、こういったまちがい情報伝達のメカニズムを考える必要性を感じた。

  原因はいくつかある。本当のゲームの場合には、伝えられるストーリーは、ゲーム参加者にとっては自分とは遠い出来事であることが多い。

  まず考えられるのは、自分で理解し得た部分だけを伝達するということ。伝えられる情報内容が、日常は考えてもいないことである場合には、自分の言葉として咀嚼、理解できる範囲は限られてしまう。

  それとは逆に、伝えられる情報が、職員にとって身近な内容の場合には、その情報にその職員の思い、意見、見解というものを投影しやすい。

  ということは、伝達する際に、伝えられた情報を自分なりに加工しがちになる。自分の考え方に沿って、脚色してしまう。そして、その作業は、多くの場合、無意識に行われる。つまり、伝達者においては、伝達された情報を改変したという認識はない。これが第二点。

  もう一つの原因は、もっと意識的なもの。情報を伝達する時に、伝えられた情報を全部流すのではなく、(多分、意識的に)大事なところを微妙に抜かして伝える。当然ながら、伝言を受けたほうには、オリジナルの情報の真意はそのまま伝わらない。情報内容があまりに長いから、効率的にということで、エッセンスのみを伝えるというのとは違う。この心理状態の説明は、いろいろな意味でむずかしいがあえて言えば、組織の上に位置する者としての特権に関わる。

  この辺になると、実例としてあげることには、やや差し障りがあるのだが、書いてしまおう。わが県庁では、毎週月曜に庁議を開催している。その席に連なる職員は、「庁議メンバー」と呼ばれる。この他に、政策・財政会議がある。これにも部局長などの幹部しか出席できない。その場で、知事の意向、見解、指示が出されることが多い。それを直接聞けるのは、考えようによっては、一つの特権である。ここに、伝言ゲーム混乱の一つの要因がある。

  特権として聞いた情報内容を、組織の次の段階の人間に細大洩らさず、すべて伝えてしまうと、せっかくの特権が特権でなくなってしまうという心理状態がありはしないか。部下の質問を待っているのかもしれない。

  例えば、部下が「部長(課長、係長)、今うかがった話ですが、〇〇のように理解すればよろしいのでしょうか」と尋ねられた部長(課長、係長)は、待ってましたとばかりに、「それはだな、実は、××ということなんだよ」と、さっきは伝えなかった情報の部分を自分の言葉として使いながら教示する。「君は、会議のメンバーでないから、話を直接聞けなかったのでわからないだろうが・・・」ということは、口には出さないにしても・・・。

  私自身も、同じである。全国知事会での議論内容を細大洩らさず県庁組織に伝えているかとなれば、答はノーである。総理大臣や各省大臣とお目にかかって、こんな話を聞くことができたという「特権」を密かに意識しつつ、その内容は取捨選択しながら伝えていることが多い。だから、庁内伝言ゲームの非を声高に鳴らすことは、はばかられる。

  それにしても、伝言ゲームの混乱をなくす努力もしなければならない。強力な助っ人は、やはりITである。庁内イントラネットを駆使することによって、必要な情報は瞬時に誰でも見られる体制にしておくことができる。これによって、少なくとも、聞きまちがい、伝えまちがいはなくすことができる。情報伝達のスピードも格段に上がる。

  すべての情報を庁内イントラに載せることはできない。組織においては、面談による情報伝達、インフォーマルな会議のほうが圧倒的に多い。この部分をどうするかの問題は残る。

  今回も、すこぶる硬い話になってしまった。


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