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月刊年金時代2004年3月号
新・言語学序説から 第21回

「キャッチフレーズについて」

 キャッチ・フレーズというのは、短い言葉で、聞き手の気持ちを「キャッチする」ということだから、ピタリと決まると大きな効果を発揮する。専用のコピーライターを雇っているわけではないので、県政に関することも、選挙に臨むときも、私自身がキャッチ・フレーズを考えなければならない場面が多い。

  私が知事になってから、県政に関して発表したキャッチ・フレーズのようなものとしては、「夢航路未来号」、「新世紀・豊かさ実感みやぎ」(県の総合計画の副題)、「スマイルあったか宮城」(観光キャンペーン)というのがある。これで、聞き手の気持ちをしっかりとキャッチできたかと問われれば、忸怩たる思いはある。

  過去三回の知事選挙でのキャッチ・フレーズは、第一回目が「今こそ誇れる宮城を」、二回目が「一人ひとりが主役の選挙」、そして三回目が「まっすぐに、アサノらしく」だった。改めて眺めてみると、いずれも、迫力不足、アピールいまいち感が否めない。コピーライターならいざ知らず、素人には、気の利いたキャッチ・フレーズを作るのは、決して簡単ではない。

 座右の銘も、キャッチ・フレーズのようなものだろう。「浅野さんの座右の銘は何ですか」と聞かれて、まともに答えたことがない。そもそも、座右の銘といったものはないから、答えようがない。

  「色紙に何か言葉を」と頼まれて、どうしても断れないときに書くのは、「お仕事は、命がけより、こころがけ」といったことである。これは、何年か前の交通標語にあった、「運転は、命がけより、こころがけ」をもじったもの。「お仕事は」のところに、「お料理は」、「スポーツは」、「ギャンブルは」とか、何を代入してもだいたい通じる。

 キャッチ・フレーズとは言わないかもしれないが、傑作だと思うのは、ビートたけしが言い出した「赤信号、みんなで渡れば恐くない」である。集団心理、無責任体質を、誰でもわかる比喩でこれほど見事に言い表している例はない。この一事だけで、ビートたけしが言語能力において、ある種の天才であることがわかる。

 キャッチ・フレーズで、「天才的な」ところを見せているのが、わが小泉純一郎首相であろう。短いフレーズで、印象に残る言葉をあやつる。「ワン・フレーズ・ポリティックス」と表される手法である。二〇〇一年の大相撲夏場所で、怪我をおして貴乃花が武蔵丸を破って優勝した時、内閣総理大臣杯を渡しながら、「痛みに耐えて、よく頑張った。感動した。おめでとう」という表現は、今でも印象深い。あの状況、あの場面では、ぴったりのフレーズである。まさに、聴いている人の心をキャッチするフレーズと言える。

 小泉首相は、本業のほうでも、キャッチ・フレーズ連発である。「聖域なき構造改革」、「構造改革なくして、景気回復なし」、「民間(地方)でできることは、民間(地方)に」というのが、お題目のように語られた。ものすごくインパクトのあるフレーズとしては、「自民党をぶっ壊す」というのがあった。「米百俵」、「三方一両損」という表現も、何度か飛び出している。

 こういったフレーズの持つ力は、馬鹿にできない。耳にすっと入ってくるだけでなく、心の中にまで入り込む。そして、「なるほど、そのとおりだ」と思わせる力がある。長い文章だと、いろいろ難癖のつけようがあるのだが、これだけ短いと、理屈ではなくなる。歌のようなものであって、心のリズムに乗って快くしてくれる。

 だから、危ないという面もある。批判するための思考を奪うおそれがあるし、フレーズそのものが簡単に流行に乗ってしまう。戦前の日本におけるキャッチ・フレーズ、「万世一系」、「八紘一宇」、「大東亜共栄圏」、「鬼畜米英」、「銃後の守り」、「欲しがりません勝つまでは」、「ぜいたくは敵」、「非国民」など、思いつくだけでもこれだけある。そして、それが当時の国民の意識の中に、す―っと入り込んでいき、それに対する反論ができない状態に置かれてしまう。

 アメリカのブッシュ政権も、キャッチ・フレーズの乱発傾向にある。イラク戦争に関連するものだけでも、「(9.11のあとに)これは犯罪ではなく、戦争だ」、「テロとの戦い」、「ならずもの国家、悪の枢軸」、「大量破壊兵器」、「人道的介入」などなど。繰り返すが、キャッチ・フレーズは、理屈ではない。上記のものは、キャッチ・フレーズというよりも、単語である。論理になっていない。だから、理屈をこねての反論に、そもそもなじまないのである。だから、「反論無用」といった形で外に対して訴える道具として作用する。そういった意味で、政治の場におけるキャッチ・フレーズの乱発は、危険かもしれないという姿勢で対処しないと、方向性を見誤るおそれがある。

 これに比べると罪のないものであるが、コマーシャルはキャッチ・フレーズだらけである。あまりテレビを見ない私なので、テレビ・コマーシャルの例は、すぐに出てこないのだが、「スカッとさわやか」、「ファイト、一発」、「コクがあるけど、キレがある」とか、頭の中に呪文のように呼び起こされるフレーズは思いつく。今あげたのは、いずれも飲み物とかクスリのたぐいであるが、飲む時には、自然とキャッチ・フレーズを思い出して、ついその気になってしまう。これがキャッチ・フレーズの力ということであろう。「だまされるなよ」という意味では、上記の政治的キャッチ・フレーズと同様である。

 書いているうちに、なんとなく結論のようなものに達してしまった。キャッチ・フレーズは(これを発する側からすれば)有効である。しかし、(これを受ける側からすれば)眉に唾して、一呼吸置いて考えてみる必要はあるかもしれない。

 キャッチ・フレーズを発するほうに回っている立場からは、はなはだ正直過ぎる書き方になってしまった。それはそれとして、私とすれば、思わずその気にさせるキャッチ・フレーズを編み出すべく、頭をひねることはやめることができない。  


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