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月刊年金時代2015年3月号
新・言語学序説から 最終回

「別れの言葉について」

 古今東西、神代の昔から、この世の中は別れの言葉で満ち満ちている。会うは別れの始めであり、会った数だけ別れがある。男と女の別れ、家族との別れ、友人との別れ、この世で別れは避けられない。別れをとりたてて深刻に考える必要はない。言語学的にも別れについては、さまざまに論じられる。

 別れの言葉はいろいろある。まずは、別れの挨拶から考えてみよう。

 「さようなら」が最も一般的な別れの挨拶である。全国どこでも通じる。小学校の授業が終わっての挨拶は、「先生、さようなら。みなさん、さようなら」であった。まず先生のほうを向いて「さようなら」とお辞儀をする、次に生徒同士向き合って「さようなら」とお辞儀をする。

 「おはようございます」の挨拶も同じだが、大声でやると元気が出る。次の行動に移るけじめにもなる。いい習慣だが、今の小学校でもこういうご挨拶をやっているのだろうか。

 学校時代ということで、ここでちょっと寄り道する。毎年3月は卒業式。別れの季節である。式典で歌われる定番が「仰げば尊し」。この歌を独唱するのを聴いてもあまり感動しないが、合唱となると思わずウルウルとなってしまうから不思議だ。文語体の歌詞を学校時代は正しく理解していなかった。「?思えばいととし」は「いと疾し」であり、「時の経つのはとても疾い」ということだとわかったのは、学校を卒業してだいぶ経ってからのことであった。

 「今こそわかれめ、いざさらば」は、こそーめ(已然形)の係り結びということを学校では教えてもらわないので、「今こそ別れ目」、つまり、ここで右と左に別れていく場所ということだと思って歌っていた。

 挨拶に戻る。「さようなら」を基本形にして、いろいろな変形がある。「じゃ」という最短の別れの挨拶もある。

 「さらば」は、主に男性が発する。「あばよ」も同じく男性が使う。研ナオコの大ヒット「♪あばよ」(中島みゆき作詞)では女が使う。「さらば」も「あばよ」も、別れの言葉としてはカッコつけ過ぎ。時代がかってもいる。別れ際にこんな挨拶をするのには、抵抗がある。冗談と思われても仕方がない。

 「ごきげんよう」は、元々は東京の山の手言葉だが、お嬢さま学校の挨拶で、今でも使われている。「さようなら」にも「こんにちは」にも使えて便利。NHKの朝ドラ「花子とアン」では頻繁にこの挨拶が飛び交う。

 女性言葉だが、朝ドラの語り手美輪明宏さんは、毎回最後にこのセリフを言って終わる。NHKのアナウンサーも番組の終わりに「ごきげんよう、さようなら」と言うのだから、女性言葉だと決めつけられない。私も使ってみたが、なかなかいい感じである。

 私の使う別れの挨拶では、「今度会うまでお達者で」というのがある。「また会いましょう」で終わらず、「お達者で」と付け加えるところがいい。誰かの真似だが、こういう真似なら文句ないでしょう。

 以前にも書いた記憶があるが、亡くなった仙台のおばあちゃんが使う「お明日(おみょうにち)」というのが実にいい。仙台弁で「おみょうぬずぅ」というのを文字に表しにくいが、これを標準語の発音で言っても、挨拶としては面白くない。英語でいえばSee you tomorrowだが、「明日」に「お」をつけるところは英語では無理である。

 さようならの言い方は、まだまだあるが、次に進もう。別れの言葉も含めて、別れそのものの形についでである。

 「サヨナラだけが人生だ、花に嵐のたとえもあるさ」という詩の一節がある。井伏鱒二が干 武陵(う・ぶりょう)の漢詩「勧酒」を口語訳したもの。この部分だけ読むと、男女の別れのようだが、そうではない。男同士が酒を飲みながら、「だから、今この出会いと、この時間を大事に過ごそう」というのが詩の意味である。それにしても、井伏さんの訳は見事である。

 日本の歌謡曲には、別れの場面が満載である。ほとんどが、男女の別れである。そうでないと歌にならない。

 去っていくのは、女性よりも男性のケースが圧倒的に多い。男性が心変わりした女性を追っていったら、ストーカーになってしまう。女性が別れた男性を追うのは未練である。未練を歌うのが歌謡曲だから、どうしてもこのパターンが多くなる。女性が男性を追わずに身を引くというのも美しい。

 浜口庫之助作詞、歌・石原裕次郎の「粋な別れ」は、男性に都合がいい別れ方の教科書みたいな曲である。「♪生命に終わりがある、恋にも終りが来る。秋には枯れ葉が小枝と別れ、夕べには太陽が空と別れる。誰も涙なんか流しはしない。泣かないで泣かないで粋な別れをしようぜ」を私流に解釈してみよう。

 男性は目の前の女性に飽きてしまって別れたいと思っている。女性は彼に未練があるのだから、男性から別れを持ちだされたら取り乱し、泣き叫ぶだろう。修羅場になるかもしれない。だから、単なる別れでなくて、粋な別れ、特別な別れ、僕たちらしいかっこいい別れをしよう。こう言って、男性は女性をなだめるのである。

 歌謡曲の世界は、男性作詞家が多いこともあってか、別れの場面でも男性本位のセリフになる。「粋な別れ」なんて言われて、簡単に納得してしまってはいけない。男の都合で言うだけのことであって、女性は騙されてはならない。

 女にとっては、別れはみっともないものになりがちである。みっともないものにしたくない女性は、身を引くことになるが、それは女の意志ではなく、女の意地である。「♪忘れられないあの人だけど忘れにゃならない女の意地なの」(鈴木道明作詞)と西田佐知子がノンビブラート唱法で引きずるように歌う。

 男性歌手の別れと女性歌手の別れ、それぞれ1曲だけの紹介だが、別れをめぐる男と女の気持ちの違いを代表している。  最後に、「夢の途中」(来生えつこ作詞)の出だしの歌詞を引用して終わる。

 ♪さよならは別れの言葉じゃなくて、再び逢うまでの遠い約束♪   


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