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月刊年金時代2014年9月号
新・言語学序説から 第128

「ふるさとについて」

 文部省唱歌「ふるさと」の歌がとても好きである。特に三番の歌詞「こころざしを果たして、いつの日にか帰らん」のところでは、歌っていてぐっと来るものがある。五木ひろしの「ふるさと」(山口洋子作詞・平尾昌晃作曲)は、米国イリノイ大学に留学中にふるさとの友人から送ってもらったテープで聴いて、ジーンときたものである。「♪ああ誰にもふるさとがある、ふーるさとがあーる♪」」のコーラスのところがいい。

 外国ものでは「カントリーロード」がある。直訳すれば「田舎道」。ワシントンの日本大使館勤務の時代である。ジョン・デンバーのこの曲をアナハイムでの学会に出席した後の懇親会で、カントリーのバンドをバックに歌った覚えがある。ウエスト・バージニア州の田舎の山道を思い浮かべながら歌わせてもらった。「(差別用語のため略)蛇に怖じず」というか、怖いもの知らずというか。冷や汗とともに思い出す。

 ふるさとを詠んだ詩歌はたくさんあってきりがないが、その中でもいくつか心に残るものがある。「ふるさとは遠くにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの」(室生犀星「抒情小曲集」)、「ふるさとの山に向ひて言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな」(石川啄木「一握の砂」など。

 ついでに、歌謡曲に歌われたふるさとも。「♪呼んでーいる呼んでーいる/赤いー夕陽のふるさとが♪」(三橋美智也「赤い夕陽の故郷」)、「♪あのふーるさとへ帰ろかなー、かーえろーかな♪」(千昌夫「北国の春」)、-「♪幼馴染みのあの友この友/アーアーアー誰か故郷を想わーざーる♪」(霧島昇「誰か故郷を想わざる」)。

 誰にもふるさとがある。遠くにありて思うものとはいうものの、赤い夕陽のふるさとが呼んでいるから、いつの日にか帰るところである。そのふるさとがなくなろうとしている。

 日本創成会議(増田寛也座長)が本年5月に発表した報告の中で、「消滅可能性都市896」という数字が示されている。消滅可能性都市とは、2040年には若年女子(20?39歳)の人口が現在の半数以下になる市町村のことである。若年女子は子どもを産める年齢層であるから、この後急激に人口が減少することが見込まれる。そういった市町村が全国1,741市区町村の半数以上の896にもなるというのだから、名指しされた市町村に衝撃が走った。

 人口の面から、ふるさとがなくなってしまうという事態である。なんとかして人口減を食い止めようと行政がいろいろやってきているが、人口減に歯止めがかからない。過疎化がさらに進んでいるのが現状である。

 学校を卒業した若者たちは地元に残らず、都会に出ていってしまう。そして、ふるさとを離れていった人たちは、二度とふるさとには戻ってこない。

 ふるさとを守るにはどうすればいいのだろう。「こころざしを果たして、いつの日にか帰らん」と願うふるさとに、緑の山は残っているだろうか。水清き川も失われているのではないか。これでは、ふるさとに帰る気持ちにはならない。単にふるさとが昔のままに残されているだけでは十分でない。魅力ある新しいふるさとづくりが求められる。

 そういった地域の魅力は、地域に住む住民たちがみつけて、育てるものである。「♪ピアノも無ェ、バーも無ェ、喫茶も無ェ、集いも無ェ、俺らこんな村いやだ、東京へ出るだ♪」(吉幾三「俺ら東京さ行ぐだ」)といった「ないもの探し」ではなく、この地域にしかない「とっておきのもの」を探すことが出発点である。

 田舎には、都会にない安心できて安全な食べ物が身近にある。人と人との絆がある。その他にも、その地域ならではのものがたくさんある。地域の人たちが気がついていないだけだし、その魅力を売り込んでいないのは実に惜しい。こういった金銭に換算できないもの、これがふるさとの本当の豊かさである。

 ふるさとには山がある。海がある。豊かな自然がある。これを生かしたものづくりやもの育ては、産業としての農林水産業とはひと味ちがって、そのこと自体が楽しい営みである。地域の人との交流の中で、心が豊かになる。これがふるさとの魅力である。

 こういうふるさとなら、都会暮らしのふるさと喪失者にとって、魅力のある新しいふるさとと思えるだろう。移り住んでみたいところである。空き家がたくさんあるので、住宅には不自由しない。子どもを産み、子育てをする環境の素晴らしさは、都会とは比べものにならない。こういった人たちを呼び込むことができるのだから、人口減などを気にすることはない。

 そのためには、ふるさとに住む人たちにとって、その地域が魅力あるところでなければならない。「俺らこんな村いやだ」という人たちが住んでいるところに、誰が住み移りたいと思うものか。そして地域の魅力は、地域の人たち自身が作り出すものである。行政に地域づくりのお膳立てをしてもらってどうするのか。行政は医療や福祉、いのちを守ることに専念するのがよい。消滅都市になる前に、住民の力で魅力ある新しいふるさとを創造しなければならない。

 ここまで書いたところで、NHKのラジオ深夜便の「にっぽんの歌こころの歌」で「思い出の流行歌ふるさとに寄せて」を聴いてしまった。(8月7日午前3時) こんな偶然はないのだから、予定を変更してそこで紹介された曲を書くことにする。「ふるさとのはなしをしよう」(♪きみの知らない僕のふるさと/ふるさとのはなしをしよう♪)北原謙二、「故郷いまだ忘れ難く」((♪故郷いまだ忘れ難く/手紙抱きしめ泣きました♪)海援隊、「ふるさとは今も変わらず」(♪君もあなたもここで育った/ああ ふるさとは今もかわらず♪)大船渡市出身の新沼謙治。「帰ろかな」(故郷(くに)のおふくろ便りじゃ元気/だけど気になるやっぱり親子/帰ろかな帰るのよそうかな♪)北島三郎。

 最後に、本文の記述の一部は、「新しいふるさとづくり」(浅野史郎/月刊「ガバナンス」2014年7月号)の記事を参考にしたことをお断りする。


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