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月刊年金時代2014年4月号
新・言語学序説から 第123

「ニセモノについて」

 偽物が出回るのは、古今東西、昔から変わらぬ社会現象である。超高級ブランド、ルイヴィトンのバッグ、カルティエの指輪、グッチの靴、シャネルの時計など。こういった物の偽物の中でも、とても上手にできているものは、素人には見分けられない。

 一流ホテルのレストランでメニューと違う材料を使ってお客さんを「騙した」という「事件」は、いつの間にか沈静化した。産地偽装とか、養殖ものを天然ものという偽装は後を絶たない。化粧品は、それを使った人間が、一時的に偽装されるとも言えるものであるが、その化粧品自体にも偽物がある。

 偽物は、それを本物と騙される消費者がいるから成り立っている。一般の消費者には、偽物と本物の区別などできるはずがない。浜の真砂は尽きるとも、世に偽物の種は尽きないのは、こういう事情からである。

 普通の偽物とは、ひと味違うのは、お祭りでのテキ屋が売る品物である。フーテンの寅さんの見事な口上を映画で見た人ならわかるだろう。あの見事な口上は、啖呵売という。「角は一流デパート、赤木屋 黒木屋 白木屋さんで、紅白粉(べにおしろい)つけたお姐ちゃんから、ください頂戴で頂きますと、五千が六千、七千、八千、一万円はする品物だが今日はそれだけくださいとは言わない!」。これ以上の引用はしないが、こういった啖呵売はそれ自体が芸術である。それを鑑賞したお客は、偽物とわかっている品物を入場料代わりに買ってしまう。そういう粋な客もあるだろう。

 今話題になっているのは、偽物ではなく、偽者のほうである。偽作曲者の佐村河内守氏は、ゴーストライターの新垣隆さんに、18年間にわたり「報酬700万円で」作曲してもらった何十曲の作品を自分の作品として世に発表し、CD化された作品の印税を手にした。作品は偽物ではない。新垣隆さんが作曲した本物である。ここがややこしい。

 その本物の作品の中で「交響曲第一番 HIROSHIMA」は特に有名であり、一流作曲家(特に名前は秘す)や業界有名人からも高く評価された。佐村河内氏は「全聾で被爆二世の作曲家」として、公共放送は「NHKスペシャル」で1時間番組を作り、雑誌や一流新聞(名は出さない)も美談仕立てで取り上げた。しかも、作品の素晴らしさを称賛しつつの報道である。  作曲者が偽物と判明してからは、これらマスコミは、読者、視聴者におわびをしたようであるが、おわびをしつつさぞや悔しかったはずである。その矛先は佐村河内氏だけでなく、自分たちにも向けることになるのが、二重に悔しかったことだろう。

 こういう場面で私がよく使う西田佐知子の「東京ブルース」の冒頭の歌詞「泣いた女がバカなのか、騙した男が悪いのか」をここでも使おう。泣いた女になぞらえたマスコミであるが、美談に飛びつき、真偽も確かめずに記事にしてしまう軽率さは責められるべきである。まんまと騙されたマスコミ、一枚上手の嘘つき佐村河内という図式になる。

 「交響曲第一番 HIROSHIMA」は多くの人たちから愛され、CDも18万枚売れた。私にはよくわからないが、この作品は素晴らしいものなのだろう。しかし、これが難聴で被爆二世の作曲者によるものだというストーリー付きでなかったとしたら、これほどまでに高く評価されただろうか。ゴースライターの作品であるかどうかより、作品自体の評価が重要であるのだろうが、あの「感動的な」ストーリーなしにCDは、クラシック作品としては異例の18万部も売れただろうか。

 この「事件」の影響としては、専門家もマスコミもクラシックファンも、作品を聴く耳が本当に大丈夫なのかと疑われたということがある。それで思い出したのは、朝日放送の正月特番として毎年放送される「芸能人格付けチェック」というバラエティ番組のことである。

 副題に「お前たちは果たして何流芸能人なのか?!」とあるように、番組でのルールは「高級品(プロ)」と「一般品(素人)」を見分ける問題に挑戦し、正解数に応じてランクを決めていくというものである。問題は、例えば、百万円のワイン(本物)と5千円のワインの飲み比べ、総額3億円のバイオリンとチェロの二重奏(本物)と総額30万円のものとの聴き分けなどである。一流芸能人なのに、半分ぐらいができない。総額30万円の二重奏を「これは間違いなく3億円ものだ」と豪語して、「不正解!」と言われる芸能人を見て笑っている私の家族。ちなみに、歌手・俳優のGACKTは30問連続正解を続けている。

 話が横道に逸れてしまった。偽物も偽者も見分けるのがむずかしいという話に戻る。

 結婚詐欺、偽医者、偽弁護士、ネット上でのなりすまし、オレオレ詐欺(振り込め詐欺)こういったものはいずれも偽であるが、相当にたちが悪い。身体的、精神的被害のみならず、多額の金銭詐取にもつながる。どうか、どうか騙されないようにと願うものである。

 それに比べれば、カツラの男性、厚化粧の女性、コンタクトレンズの女優、上げ底靴の政治家などというものは、偽者、偽物というほどのものではない。かわいいものである。にせ薬、嘘つき食品、偽ブランド品、通販での粗悪品、これは消費者庁でしっかりやってもらいたい。

 最後に、とんでもない偽者のこと。千葉県柏市の「連続通り魔事件」の武井聖寿容疑者のことである。武井容疑者は、殺人のあった現場近くで大勢の取材陣を前に30分以上も事件の目撃談を披露した。つまり、あの取材の時は、目撃者としては偽者である。近くに警察官もいる現場近くで、自分の身をさらし、ぺらぺらしゃべる場面をテレビカメラに撮られていた。そして、それが犯人検挙のきっかけとなるなどということは、犯罪史上でも希有なことである。武井容疑者が起こした事件の特異さに加えて、この堂々とした偽目撃者ぶり、これは超特異である。

 偽物、偽者について書いてきたこの原稿、これは確かに私が書きました。


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