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月刊年金時代2014年2月号
新・言語学序説から 第121

「音楽のチカラについて」

 昨年11月末、熊本市で開催された「オハイエくまもと5周年記念トーク&コンサート」に出演した。「オハイエくまもと」は、毎年、とっておきの音楽祭を開催している。ちなみに私は特別顧問を拝命している。

 トークショーでの私の発言の一部が地元紙に引用されている。「障害のある人は特殊ではなく、かけがえのない存在。音楽を通じて、人はみんな違って良いんだということを感じて欲しい」。

 「特殊ではなく、かけがえのない存在」というのはこういうことである。「とっておきの音楽祭」に冠されている「とっておきの」というのがキーワードである。これは、大阪で「さをり織り」を創始して障害者に広めている城みさをさん(100歳)が始めた「とっておきの芸術祭」から拝借した。この名称は「Very Special Arts」の日本語訳である。

 Very Special Artsの創始者は、J.F.Kennedy元アメリカ大統領の末妹であるJean Kennedy Smithである。そして、Special Olympicsの創始者はEunice Kennedy Shriverである。障害を持った人たちの芸術とスポーツ、どちらも世界中に広がっている。ケネディ大統領の妹であるローズマリーさんが知的障害を持っていたことから、その妹たちがこのような活動を始めるに至った。

 私が障害福祉の仕事を始めたばかりの頃、障害児教育を指す用語の「特殊教育」はspecial educationの訳だと聞いて驚いた。今は「特別支援教育」という用語になったが、specialが「特殊」なら、音楽祭は「特殊な音楽祭」になる。Specialを「とっておきの」と訳した人(城みさをさん)の素敵な言語センスに乾杯である。

 その「とっておきの音楽祭」は、2001年に仙台市で始まった。この年に宮城県で第一回全国障害者スポーツ大会が開催された。それを記念して、「とっておきの音楽祭」を開催するように関係者にお願いしたのが、当時宮城県知事だった私である。一回限りのお祭りのつもりだったのが、関係者の熱意により現在まで続いている。

 「関係者」というのは、私の高校時代の同級生の菊地昭典君を中心とした友人たちである。彼らは、実行委員会を組織して、毎年の「とっておきの音楽祭」の他に、「とっておきの音楽祭キャラバン」と称して宮城県内各地の地元イベントへの出張参加、FMラジオ番組「とっておきの音楽祭ラジオキャラバン」、および、自主制作映画「オハイエ!」の日本各地での上映会を柱に、通年で活動している。熊本での活動は、「オハイエ」の上映会が契機になって始まった。なお、「オハイエ」は、「オハヨー」と「イエー」を合わせた造語で「とっておきの音楽祭」の一つのシンボル言葉として使われている。

 2001年の「とっておきの音楽祭」は、参加バンド133、演奏者1300人、ステージ13、観客4万5千人で開催された。それが2013年には、参加バンド321、演奏者3000人、ステージ30、観客25万人に増えている。ボランティア500人、手話通訳50人というのは、当初から変わっていない。

 そもそも「とっておきの音楽祭」とはどんなイベントなのか。仙台市の中心部、県庁・市役所近くの勾当台広場をメイン会場に、けやき並木で有名な定禅寺通り、一番町アーケードなどに複数のステージを設けた無料の街角コンサートである。一つのステージに30分ごとに、入れ替わり立ち替わりに演奏グループが登場する。観客は、あちこちのステージをはしごしてもいいし、一つのステージに坐り込んで見続けてもいい。一日を締めくくるフィナーレは、勾当台広場に人気バンドが再登場して迫力満点のステージが繰り広げられる。大勢の観客が、一緒に歌ったり、踊ったり、会場とステージが一体となって盛り上がる。最後に、「オハイエの歌」を一緒に歌ってお開きとなる。

 「とっておきの音楽祭」の合い言葉は「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ「私と小鳥とすずと」の一節)である。人それぞれに、できることとできないことがある。「できること」は人によって違うが、それでいいんだ、それが人間だということを我々が「障害者」と呼んでいる人たちも一緒になって音楽を楽しむことで実感する。

 音楽のチカラで心のバリアフリーを目指す音楽祭でもある。第一回から観客を魅了してきた荒川知子さんはダウン症。養護学校を卒業して、ふだんは、「すていじ仙台」の作業所でクッキーづくりをしている。「荒川知子とファミリーアンサンブル」では、父のフルート、母のピアノ、兄のフルートと一緒にリコーダーを演奏する。まさに絶品。聴いていて魂が震えてくる天使の調べである。これこそが音楽のチカラである。知子さんは全国各地からお呼びがかかる。リコーダーの「天使の調べ」と知子さんの愛くるしさに、聴衆は魅了される。

 「とっておきの音楽祭」で、全員がろうあ者の合唱を聴いて、観客は感激して涙を流す。音楽のチカラが心を揺さぶる。右手が固まってこぶし状になっている男性のピアノ演奏の力強さは、文字どおり音楽のチカラである。

 東日本大震災の被災地には、さまざまな人たちがボランティアで現地を訪ねている。その中でも、音楽の演奏で被災者の心を慰め、勇気づけている人たちの姿が目立っている。まさに音楽のチカラが大きい。

 とっておきの音楽祭実行委員会とNPO法人オハイエ・プロダクツは、大震災後、被災された方たちの心が元気になるように、とっておきの音楽祭「こころおうえん」キャラバンを行い、継続的な応援をしている。音楽のチカラここにありの心意気を感じる。

 今年の3月23日(日)は第5回とっておきの音楽祭in熊本、6月1日(日)は第14回とっておきの音楽祭in仙台が開催される。音楽のチカラ、「みんなちがって みんないい」を実感したい方、ご当地にでかけてみたらどうだろう。自分の中で何かが変わるのを実感することだろう。  


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