![]() 月刊年金時代2014年1月号 「秘密について」 秘密にもいろいろある。「それは、ヒ・ミ・ツ・よ」と妙齢の女性に耳元で囁かれる。そういう秘密なら艶っぽくていい。「それは秘密」という言葉自体が、男性は自分への信頼感によるものと受け取る。「自分には秘密がある」ということは、本来、誰にも彼にも教えるべきことではない。だからこそ、女性から「それは、ヒ・ミ・ツ・よ」と打ち明けられた男性は、その言葉が甘い囁きに聞こえる。 一方、「何が秘密かは秘密だ」、「それが何故秘密なのかも秘密だ」と言われたらどうだろう。「どういったことが秘密になるかを決めるのは俺だ」とはっきりいう言う奴とはつき合いたくない。友だちにはなれない。 特定秘密保護法で定める「秘密」というのは、これに近い。特定秘密保護法で特定秘密とされる分野は、外交、防衛、スパイ活動、テロ防止の4分野である。これら4分野の情報の中には、外に漏れれば、著しく国益を害し、国民の生命財産にも関わるというほど重要な「特定秘密」があることはわかる。その秘密を漏洩する公務員が重く罰せられるのも理解できる。 問題とされるのは、何が特定秘密なのかを決めるのが官僚であることを考えれば、その官僚が「出したくない情報」はみんな「特定秘密」にされるおそれがあることである。その情報が、真に保護されるべき「特定情報」なのか、単に官僚が表沙汰にしたくない「不都合な真実」なのかは、その情報が秘密であるのだから、外から知りようがない。 「外」という中には、裁判官も入る。特定秘密を漏洩した公務員が被告人となる刑事裁判において、裁判官は秘密とされた情報が本当に秘匿されるべきなのかどうかを確認することができない。なぜなら、その情報の中味は、裁判官に対しても秘密とされるからである。これでは裁判は正しく機能しない。 その不都合を防ぐために、情報公開法にインカメラ審理の条項を追加する改正案が民主党により提出された。インカメラ審理とは、当事者を立ち会わせずに、対象文書について証拠調べを行うことをいう。インカメラ審理ができれば、対象文書が本当に秘密にすべき内容を含んでいるのかどうか、裁判官は知ることができるので、公正な裁判が期待できる。残念なことに、この情報公開法改正案は審議未了廃案となり、日の目を見なかった。 情報公開法に話が及んだので、それについて考えてみる。秘密を守ろうとする特定秘密保護法と、役所の都合で秘密とされている情報を国民の前に開示させる情報公開法とは裏と表の関係であり、密接に関連する。 情報公開制度の法令化は、国よりも自治体が先行した。1982年に山形県金山町が全国で初めて情報公開条例を制定し、都道府県レベルでは1983年に神奈川県が情報公開条例を制定した。国の情報公開法施行は2001年、自治体に比べて20年遅れである。国は情報公開制度の制定に不熱心だった結果である。 出来上がった情報公開制度の運用においても、政府は熱心でないどころか、不誠実であった。情報公開法施行の直前、ある省では公文書の廃棄量が前年の数十倍となった。法施行前の駆け込み廃棄である。省内での会議の議事録はなるべく残さないことになった役所もある。その他、情報公開法の制定の精神に背くような運用の例が政府内では多数見られる。なんとか情報開示をすり抜けようとして、役人特有の知恵を絞っている。 情報公開法においても、自治体の情報公開条例においても、情報開示の原則は同じである。役所の文書は開示が原則。個人のプライバシーに関わる情報など、例外的に非開示にできる情報もあるが、それも限定列挙である。その際にも、この限定列挙された条項を拡大解釈する傾向が役所側にあるのが問題である。 宮城県知事時代に経験した例であるが、官官接待の会食に出席した役人の氏名の開示は「プライバシーに関わる情報」として、書類の氏名の部分が黒塗り開示された。これが情報開示請求の訴訟となり、判決では「会食への出席は公務であり、プライバシーに関わるとはいえない」とされ、氏名は開示された。 警察関係は非開示情報が多い。公安警備に関わる警察官に弁当を提供する仕出し屋に関する情報は非開示となる。警察側の言い分は、仕出し屋がどこかわかると、そこが嫌がらせをされるおそれがある。弁当の調達個数がわかると、警備にあたる警察官の人数が知られてしまい、警備上の支障となる。リアルタイムの情報ならば、そういう懸念はあるかもしれないが、問題となっている書類は数ヶ月前のものである。それでも秘密にしたがるのが、警察に限らずどの役所にも共通の性癖である。 情報公開制度の運用状況でわかることは、役人としては情報はなるべく出したくないということである。秘密情報は開示しなくともいいのだが、「これは秘密です」ということを役所側が決めるとなると非開示の範囲は際限なく広がる。 これと同じことは特定秘密保護法の運用にもあてはまる。秘密に関して同じ政府がやることなのだから、容易に察しがつく。秘密の範囲を官僚が恣意的に決めるおそれがあることが、有識者が法案に反対する大きな理由であった。そのことを意識して、法案成立直前に、政府は有識者が特定秘密の指定や解除などの統一基準を検討する「情報保全諮問会議」や、事務次官級で構成し、各行政機関の特定秘密の指定の妥当性をチェックする「保全監視委員会」を設置することを決めた。また、特定秘密の指定などの妥当性をチェックする「情報保全監察室」を立ち上げる。 こんな組織をいくら作っても意味がない。官僚が決めた秘密の範囲を官僚がチェックする仕組みが機能するはずがない。このことも、情報公開法の運用の実態を見れば、容易に見通せる。 法律は成立した。これからの運用を注視しなければならない。 それは国民の義務である。 今回の原稿は、いつもと違って、理屈っぽい。それは何故かは秘密です。
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