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月刊年金時代2013年12月号
新・言語学序説から 第119

「野球の言葉について」

 2013年のプロ野球は、東北楽天ゴールデン・イーグルスが巨人相手の日本シリーズを4勝3敗で制し、日本一に輝いた。球団創設9年目の快挙である。2005年の球団創設時の知事として、いささか以上の関わりを持つ者として感無量である。楽天イーグルスの戦いぶりに関して、言葉の数々を紹介する。

おらほの球団  
 「おらほの」は、東北弁で「我々の」を意味する。読売ジャイアンツのことを、巨人ファンは「我々の球団」とは言わない。楽天はファンにとって「おらほの球団」なのである。愛情がこもっている。

 楽天イーグルスは、2005年に仙台の地にやってきた。市民、県民としては、「よくぞこの地においでくださった」という気持ちでお迎えした。感謝の気持ちと愛情があるから、ファンの応援は熱狂的というよりは、やさしさにあふれている。

 創設1年目のシーズンで、楽天は38勝97敗、首位と51.5ゲーム差の惨憺たる成績であった。その時でも、ファンは「100敗しなくてよかったね」とねぎらった。10対0で負けている試合の9回裏2アウトランナーなしでも、ファンは帰らず応援を続ける。在京のある球団のファンのように、大差で負けていればさっさと家路を急ぐ人たちとは大違いである。大差で負けた試合の後、監督、選手に罵声を浴びせる関西の某球団の一部ファンのようなことはない。負けても暖かい拍手で選手をねぎらう。「明日は勝てよ」の声が響く。「おらほの球団」だからこそ、こんな愛情あふれるファン気質が育った。

バーン  
  言語というよりは、身振りつきのパフォーマンスである。楽天の選手が、タイムリーヒットを打ったときに、塁上で「バーン」と叫びながら「一人片手ハイタッチ」(私の造語)をする。松井稼頭央選手が大リーグ在籍中に、同僚から教えてもらったポーズを楽天に持ち帰った。楽天では選手の間で喜びのパフォーマンスとして定着した。楽天の公式サイトでこのパフォーマンスの名称を公募し、「バーン(Burn)」に決定。

魂で打った  
  本拠地Kスタ宮城で楽天が勝つと、ヒーローインタビューがある。打の殊勲選手がお立ち台に上がり、アナウンサーに「どういう気持ちで打ったのですか」と訊かれた場合「魂で打ちました」というのがチーム内で流行になった。はじめは新鮮に聞こえたが、そのうちに鼻につくようになった。流行はファンにも乗り移り、「魂で打ちました」のTシャツが発売された。

マー君神の子  
  当時の野村克也監督が田中将大投手に入団一年目から一軍で投げさせたら、3試合連続でノックアウトを食らった。しかし、その試合はいずれも敗戦投手にならない。その後も、田中投手は序盤に失点しても味方の援護を得て勝つ試合が続き「不思議なやつやな」というところから、「マー君、神の子、不思議な子」というコメントが出てきた。入団当初から不思議な子だと思ってきたマー君が、「なんだか遠い人になってしまった」というのが、最近の野村元監督の述懐である。

不敗神話  
  その田中投手は、2013年のシーズンを24勝0敗で終えた。とんでもない記録であり、今後とも破られることはないだろう。「神様、仏様、稲尾さま」の西鉄稲尾和久投手の20連勝の記録を破ったのだから、稲尾超えの大投手ということになる。  不敗神話の言葉の力は大きい。田中投手が投げる試合は絶対負けないというのが、ファンの中でも確信として定着した。なにしろ神話とまで言われるほどなのだから、絶対負けないと思うのが当然のこととなる。

 その不敗神話が、巨人相手の日本シリーズ第6戦でついに崩れた。この試合に勝てば優勝決定という大事な試合である。楽天ファンの誰もが田中の勝利を信じ、楽天の優勝日本一を確信した。しかし、シーズン中に1度もなかった4失点で田中は今年初めて負けた。田中投手も神の子ではなく、人の子になった瞬間である。

 前日に160球投げた田中投手が、シリーズ最終戦の第7戦の9回のマウンドに上がった時には、球場全体がどよめいた。1球も投げていないのに、涙ぐんでいるファンがいる。15球目に代打矢野謙次を三振に打ち取って優勝決定。新しい神話が生まれた瞬間である。

東北の底力  
  2011年のシーズンは、3月の東日本大震災の影響で開幕が遅れた。楽天の場合、Kスタ宮城球場が地震で破損が激しく、野球ができる状態でなかった。やっと地元に戻ってきた4月29日の地元開幕戦、楽天選手会長の嶋基宏がKスタのマウンドで誓った。「東北の皆さん、絶対に乗り越えましょうこの時を。この時を乗り越えた先には、もっと強い自分と未来が待っているはずです。絶対にみせましょう、東北の底力を」。

 それより早く、4月2日の札幌ドームでのスピーチも大きな感動を呼んだ。「見せましょう、野球の底力を。見せましょう、野球選手の底力を。見せましょう、野球ファンの底力を。共にがんばろう東北。」  

 ここで語られた「底力」という言葉は、東日本大震災で被災した人々を大きく勇気づけた。まさに、言葉の力である。同じ「底力」という言葉は、2013年のシーズンで楽天が日本一を勝ち取ったときにも、何度も使われた。

ありがとう  
  初めての日本一を達成した楽天に捧げるファンの声は、「おめでとう」ではなく、「ありがとう」が圧倒的に多い。特に、東日本大震災の被災者はそうである。勇気をもらってありがとう、がんばれば苦難は乗り越えられることを教えてくれてありがとうという声が圧倒的である。  「ありがとう」は、楽天ファンでない人からも、巨人ファンからも聞かれる。こんな素晴らしい日本シリーズを見せてくれてありがとうというのもある。

 私も最後に言いたい。「楽天ありがとう。待っててよかった。生きててよかった。こんな劇的な日本シリーズをありがとう」。   


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