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月刊年金時代2012年9月号
新・言語学序説から 第104

「世論調査について」

 今の世の中、世論調査があちらでも、こちらでも行われている。政権を支持する、支持しないといった調査は、新聞社によるもの、その他の調査機関によるものを問わず、頻繁になされている。支持率調査だけではないが、一体、どうやって調査されているのか、どんな質問がなされているのか、その辺が確かでないので、私はほとんどの世論調査を信用しない。調査結果を見ようという気もおきない。

 政権の支持率調査で、質問の意味がわからないということはないだろうが、「年金制度は崩壊すると思うか」、「消費税増税に賛成か」、「大阪都構想に賛成か」と訊ねられても、明確に答えるのはとてもむずかしい。どんな質問内容になっているか、質問文の作り方によって、答え方も違ってくる。電話による調査か、文書記入式調査か、対面調査かによっても、回答者の対応は違う。そのことを踏まえないで、調査結果だけを信頼するわけにはいかない。そもそも、多忙な現役世代より、暇な高齢世代のほうが、調査に応じる率は高いから、調査結果は高齢世代のほうの意見に引っ張られることは免れない。そんなバイアスがかかった調査は意味があるだろうか。

 世論調査の信頼性を高めるために、新型の世論調査が試行されている。「討論型世論調査」と呼ばれるもので、アメリカのスタンフォード大学が開発した手法である。わが国では、私の同僚である曽根泰教慶應大学総合政策学部教授が、この手法を実践し、研究している。私は、曽根教授から基本的なことを教えてもらった。

 討論型世論調査では、無作為で選ばれた対象者のうちから、希望して集まった人たちに調査に参加してもらう。参加者には、「消費税増税の是非」といったテーマについての資料を読んでもらう。専門家の意見が紹介される。その上で、参加者が小グループに分かれて、テーマについて議論をする。この議論の際には、司会者(特別に訓練を受けている)は、議論を誘導しない、議論を途中で制止しない、参加者からの質問には答えないといったルールを厳格に守って議論が進められる。議論に参加し、専門家の説明を聞いたことによって、参加者の当初の意見が変わることがある。むしろ、そのことが、この調査手法では期待されている。

 討論型世論調査は、まだ発展途上である。手法として、改良すべきところも指摘されており、試行錯誤の段階にある。調査手法の有効性、信頼性について、今後の研究に負うところが大きい。先日、将来のエネルギー政策を考える「討論型世論調査」が2日間にわたって行われた。政府として初の試みである。政策の決定過程に国民が関わる新しい場づくりに取り組んだ姿勢が、高く評価されている。

 信頼性の高い世論調査結果が得られることとは別に、この調査の過程そのものが、各種テーマについての国民的議論を展開する場を提供しているということで、既にして、有用性が認められる。これまでの政府主催の「国民の意見を聴取する会」では、参加者の中の一部の人たちが、一方的に意見を述べ、政府側も聞き置いて終わりというものであるのに対して、討論型世論調査では、参加者みんなが討論に参加できる。

 通常の世論調査では、テーマについての理解もないままに、質問に一度答えたら、その答が調査結果として集計される。それに対して、討論型世論調査では、一度質問に答えた後、テーマについての十分な説明がなされ、さらには、小グループでの討論の機会がある。その過程で、当初の自分の意見を変えることもある。そうやって得られた回答結果が、信頼性という点では、相当に高いものであることは容易に想像がつく。

 討論型世論調査そのものではないが、手法としては、それにならったものを体験したことがある。フジテレビの報道特別番組「お台場政経塾」にテーマの反対派講師として出演した時のこと。テーマは「東京オリンピック招致」である。

 20〜30代の100人の塾生が、このテーマについて真剣に議論する。議論の途中には、賛成派講師(溝畑宏内閣官房参与、前観光庁長官)と反対派講師の私から、賛否の理由の説明がなされる。さらには、賛成の理由、反対の理由を補強するビデオが流される。

 賛成派の塾生は、青いシートの椅子に、反対派は赤いシートの椅子に座る。番組の冒頭では、青シートに74人、赤シートに26人であった。テレビ番組の特性で、その分布が目で見てはっきり分かる。議論がある程度進んだところで、1回目の席替え。これで青シート61人、赤シート39人となった。さらに第二ラウンドの議論をして番組終了。終了直前に、もう一度席替え。結果は、青シート59対赤シート41である。つまり、2回の議論を経て、賛成が74人から59人に15人減り、その分だけ反対が増えたことになる。

 塾生間の議論を経て、反対派が増えたということで、反対派講師としては満足のいく結果だった。うれしかったのは、それだけではない。若者たちが、むずかしいテーマについて、堂々と意見を開陳していたことがうれしかったし、感心もした。発言した塾生の中の二人は、おかまバーの「ママ」である。生活保護受給者、フリーター、ゲームオタク、その手の若者も多数。つまりは、必ずしも、インテリのトップとはいえない人たちである。そういう人たちが、自分の考えを、わかりやすく、説得力をもって発言する。

 「若者は政治問題に関心がない」、「言語能力に問題がある若者が多過ぎる」と言ってきたことを改めなくてはならない。この番組で展開された試みは、若者の言語能力を磨き上げ、政治問題への関心を高めるのに大いに役に立つ。そのことは、討議型世論調査にもあてはまる。こういった世論調査が、どんどん行われることによって、日本人全体の言語能力が高まり、政治的関心も引き出せるのではないか。そんなことで、討議型世論調査が、世の中で、どんどん広まることを期待したい。  


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