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月刊ガバナンス平成29年7月号
続アサノ・ネクストから 第82

首相のリーダーシップと 加計学園問題

 安倍晋三首相の友人が理事長を務める学校法人加計学園の獣医学部新設計画について、文部科学省の事務方に対して開学の手続きを早めるように官邸筋から働きかけがあったかどうかが問題となり、国会の場でも野党側から厳しい追及があった。

 この事案では、記者会見などで文部科学省の前川喜平前事務次官が「総理意向」文書の存在を明らかにし、「行政がゆがめられた」と発言した。安倍首相の行政への関与があったのかどうか、また、特定の個人・団体(加計学園)の便宜を図る行為だったのかどうかが論点となる。

 この事案では、獣医学部の新設が文部科学省、農水省、厚生労働省、内閣府といった複数の府省に関わるものなので、官邸が関わっての調整があるのは理解できる。これが問題になるのは、加計学園という特定の団体に便宜を図る意図があるのではないかと疑われるからである。しかし、これを証明することはかなりむずかしい。

 加計学園問題を政治主導に結びつけて論じるむきがある。そうではなく、これは首相のリーダーシップの問題と捉えるのが正しい。そもそも国家戦略特区は第二次安倍政権における目玉政策として取り上げられた。霞ヶ関の「岩盤規制」といわれるものに、地域を限っての規制緩和で立ち向かっていくという趣旨のものである。背景には、各省の既得権死守、セクショナリズム(「省あって国なし」)、省益第一主義がある。国家戦略特区に限っていえば、ここにこそ行政のトップとしての首相のリーダーシップが発揮されるのは当然のことである。

 論点を変えて、行政のトップのリーダーシップについて論じてみよう。各都道府県のトップである知事のリーダーシップは、制度・慣行によって保証されている。庁内すべての職員の人事権は制度的にも実質的にも知事が握っている。例外としては教育長、県警本部長(国家公務員である)があるにはある。部局間に対立があっても、知事の裁定でたちどころに解消される。知事の言うことをきかない部長は罷免はされないが、更迭されることになるが、そのことを各部長は認識しているので、そもそも知事の言うことをきかない事態はありえない。そのこともあって、各部間のセクショナリズムが発生する余地がない。

 内閣総理大臣のリーダーシップは知事のそれと同様には論じられない。霞ヶ関に各省があり、各省それぞれが固有の利益集団を抱えている。各省はそれぞれの利益集団を守る立場で行政を行う。各省が分立し相手の省とやり合うことで、民主主義がその分だけ機能するという面もある。それを省益第一主義と葬り去るわけにはいかない。そういった中での首相のリーダーシップ発揮は、実は大変にむずかしい。

 首相はリーダーシップを発揮すべきである。しかし、それは危ういものである。やりようによっては、各省から「行政がゆがめられた」とか、マスコミからは「恣意的だ」との批判、非難に遭遇する。今回の事案もそうである。首相には、大胆に、そして慎重に、李下に冠を正さない精神で、リーダーシップを発揮して欲しい。  


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