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月刊ガバナンス平成27年7月号
続アサノ・ネクストから 第58

大阪都構想
住民投票から見えてくるもの

 橋下徹大阪市長が掲げた大阪都構想は、住民投票で反対票が賛成票を僅差で上回り幕を閉じた。

 大阪都構想は実現しなかったが、大都市問題をどうするかといった課題は、地方自治に関わるすべての人が本気で取り組むべき宿題として残された。もっと大事な「遺産」は、自治体における住民投票が果たす可能性と問題点の分析である。以下、そのことについて考えてみたい。

 今回の大阪市民による住民投票の投票率は66.83%と、異例の高さであった。自分たちが住む自治体のありようについて、程度の差はあっても、一人一人が、真剣に悩み、苦しみ、考えた末の結果であり、大阪市民の意識の高さが表れている。

 結果は僅差ではあるが、為政者の政策提案を住民側が否決し、政策(大阪都構想)が葬り去られたということであり、民主主義が機能したということになる。橋下市長が記者会見で「日本の民主主義を相当レベルアップした」と発言したが、まさにそのとおりである。

 ただ、一つだけ残念なことがある。それは、住民投票にかける前に、大阪都構想についての議論が十分に尽くされていなかったことである。大阪市議会での議論だけではなく、住民向けの討論会、シンポジウムを何回も開催すべきであった。それがあれば、賛成/反対の論点が住民にわかりやすい形で示されたのに、残念である。

 選挙期間中は、維新の党以外の主要政党が、選挙カーの上から「大阪市がなくなるのに反対」とがなりたて、維新の党は「大阪を変えるのは今しかない」と叫ぶ。中身のないキャッチフレーズだけの論争では、大阪市民としては判断に迷ってしまう。

 こういった問題点はありながらも、今回の住民投票は大きな意義があった。

 地方自治の場で、これまで何度も住民投票は行われてきたが、今回の大阪市での住民投票ほどの規模(有権者210万人)と内容(大阪市がなくなる)のものは初めてである。原発再稼働の是非、東日本大震災の復興事業への賛否について、住民の意思を確認して欲しいと考える人達に力を与えることになるだろう。

 憲法学者の木村草太首都大学東京准教授は、憲法95条(一の地方公共団体のみに適用される特別法の制定)を引用しながら、辺野古基地の立地についての住民投票の可能性を問うている。

 それとは別に、大阪都構想の住民投票の経過を見て私が思ったことは、憲法改正の発議がなされた後の国民投票はどうなるのだろうかということである。18歳以上の日本国民が投票することになる。大阪市での住民投票の規模の数十倍である。内容のむずかしさは大阪都構想の比ではない。70年間、一度も改正されなかった憲法の条文を改正することの重大さに国民は耐えられるだろうか。

 10年以内に、憲法改正が発議される可能性は高い。大阪都構想の是非でさえ、大阪市民はどう判断するか大いに迷ったところである。憲法改正については、誰がどういった形で国民に判断材料を提供するのか、何も決まっていない。大阪都構想の住民投票の「成功」を見ても、憲法改正の国民投票への不安は大きくなるばかりである。    


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