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月刊ガバナンス平成26年9月号
続アサノ・ネクストから 第48

東日本大震災の復興と国の責任

 東日本大震災の仮設住宅には、現在も9万人以上の被災者が暮らしている。仮設住宅は、部屋の狭さに加え、カビの発生、床の腐食、雨漏りなど、居住環境は劣悪である。一刻も早く仮設住宅を出たいと希望するのは当然であるが、移転する住宅が整備されておらず、仮設住宅から出られない人が大勢いる。

 被災地の多くは平地が少ない。その平地は津波が再び来襲する恐れから、住宅建設には向いていない。高台に住宅を求めることになるが、そのための整地が困難であり時間もかかる。  さらなる問題は、災害復興住宅の建設の遅れである。主たる原因は、工事の人手不足。アベノミクスによる公共事業の大盤振る舞い、そして景気上向きを追い風にしてのマンション建設が人手不足に拍車をかける。

 人手不足は労務単価の高騰をもたらす。全国的な工事ラッシュで資材も高騰。災害復興住宅の建設をはじめとする復興事業で、入札不調が増えるのは当然だろう。自治体が示す予定価格以下の価格では、人件費や資材の高騰により業者の採算が合わないからである。その結果として、建設工事に着手できない例が多く出ている。

 自宅の建替えも、地元工務店での大工、左官などの人材不足のため、工事が進まない。自宅の完成が大幅に延びることになる。

 被災地での住宅不足の原因は、被災地以外の地域での公共事業の増加である。公共事業の実施には優先順位というものがある。他の公共事業の優先順位はあとでいい。安倍首相も「被災地復興が最優先」と唱えているではないか。しかも、被災者の生活再建にとって最も優先されるべき住宅の確保が喫緊の課題である。被災者は、いつまでも待てない。

 景気回復にとっては、被災地での公共事業も十分な効果がある。景気回復を理由に、他の公共事業を優先することは理屈が立たない。ああそれなのに、何故?

 阪神淡路大震災では、被災から5年経たずに仮設住宅に留まる人がゼロになった。もちろん、東日本大震災とは、被災の状況や住宅の立地条件が違うのだから、単純に比較はできない。そうではあっても、住宅を失った被災者負う苦難は同じ、東日本大震災の被災者の状況の改善には、国が全力で、そして最優先で取りくんでもらいたい。

 先日、河北新報社の一力一夫社主が88歳で亡くなった。河北新報の名称のいわれは、「白河以北、一山百文」と中央から蔑まれた東北の意地である。そのことをここで持ち出すのは、見当はずれかもしれない。しかし、震災被災地の扱いにおいても、東北への差別があると考える東北人は少なくない。

 そんな思い払拭のためにも、東日本大震災の被災地復興に、国が最大限の力を傾注すべきである。大災害にあたって、その復興の責任を被災地の自治体に過度に負わせるべきではない。国が相当程度、責任を負うのは当然である。そのためにこそ、国家がある。

 国の財政支援だけでは十分ではない。今回書いたのはそのことである。他の公共事業はしばらく待って、被災地の公共事業を優先する。そのことが、今こそ、国に求められている。


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