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月刊ガバナンス平成26年5月号
続アサノ・ネクストから 第44

国民投票のあり方

 前回、「集団的自衛権の行使容認」について書いた。その論点は行使容認を憲法解釈の変更でやることの是非であった。私の意見は、解釈変更は、憲法改正でやるのが正道というものである。勢いの赴くところ、憲法改正の手順として、国民投票は実際にどうするのかを真剣に考察しなければならず、この稿となった。

 憲法改正が具体性をもって語られたのは、最近のことである。それが証拠に、憲法改正手続きに関する法律である「国民投票法」が成立したのは、2007年5月のことである。今般、国民投票法改正案が成立の見込みであるが、内容としては、投票年齢を「18歳以上」とすることの確定が中心である。一方、公務員の組織的な投票運動の規制をどうするかなどは、今後の検討課題とされている。

 いずれ、こういった重要なルールは固まっていくだろう。国民投票法はできた、投票のルール、枠組は決まったということになる。しかし、そうなっても、国民投票についての基本的かつ重大な疑問点は残る。

 国民投票では、有権者は憲法改正への賛否を問われることになる。憲法の条文を一度も読んだことのない有権者が、どれだけの自信をもって投票できるのか。「政治には関心ない。選挙になんて行ったことがない」という有権者の投票の集合が「民意」となる。自信がない、関心がないという有権者は棄権するだろうが、投票率50%以下の場合の結果も「民意」となる。何か、おかしくないか。

 いつの日か、憲法改正の発議がなされ、国民投票が行われる。それは我が国初めての出来事となる。我が国の未来にとって極めて重大な意味を持つ重大な憲法改正である。その国民投票が、全員初めての経験として行われる。

 賛成か反対かの票を投じるに際して、自信をもって決断できる有権者は少ない。信頼できる人の話を聞く、何かを読んで調べる、討論会に顔を出すなど、さまざまな方法で自分の考えを決める。国の将来にとっての重大な決断をするには、そうでなければならない。

 こういった準備、心構えは、生まれて初めての国民投票では、有権者の多くにはむずかしいことである。その前に、「練習」が必要である。練習の場は地方自治体レベルでの住民投票に求めるしかない。現に、合併問題、廃棄物処理施設設置、原子力発電所設置計画、可動堰建設などの案件で1996年以来150件を超える住民投票が実施されている。今後は、原発再可動の是非を問う住民投票がなされ、大阪都構想についての住民投票の可能性もある。

 こういった住民投票が、国民投票の練習の場となるためには、条件がある。住民投票の結果が法的拘束力を持つこと、住民投票における投票運動が活発に行われること、その状況がマスコミなどを通じて広く報道されることなどである。

 民主主義の究極の形の一つである国民投票が、その名にふさわしく、厳正に民意を反映するように行われるためには、地方自治体での住民投票が良き練習の場となる。まさに、「地方自治は民主主義の学校」(J.ブライス)ということを地でいくことになる。


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