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月刊ガバナンス平成25年7月号
続アサノ・ネクストから 第34

民意とは何か

 東京都小平市で住民投票が行われた。都道建設計画の見直しを求める住民の署名活動が端緒である。見直し派は緑の保護を訴え、推進派は渋滞解消を願う。投票実施が決まったあとに、「投票率が50%以上でなければ成立せず」というルールが決められた。結果は、投票率35%で成立せず、開票もされなかった。

 もともと都の事業だから、小平市民だけでは決められない。さらにいえば、住民投票の結果は市長を拘束するものではない。

 住民投票で問われたのは、道路建設計画の見直しの是非という重大な事項である。こういった重大な事項を民意に委ねていいのかという疑問があるからこそ、「結果に市長は拘束されない」という扱いになっているのだろう。

 道路建設計画の是非といった政策決定に関わる機関として地方議会があるのだから、議会が方向を決めるほうが自然であるとも考えられる。その決定内容が首長の方針と異なるのであれば、議会と首長の間で、徹底的に議論をする。最後に決めるのは、首長になるだろうが、その間の議論が重要である。議論を通じて、首長の方針が変わる可能性もある。

 民意の把握ということで言えば、議会のほうが首長側より優れている(はずである)。首長は一人であるのに対して、議員は複数(大勢)である。首長(行政側)は、行政の執行が本業であり、住民と接する機会は限られている。一方、議員の日常活動の中心は、住民との話し合い、「ご用聞き」による民意の把握である。

 議員が住民から聴き取る意見は、「道路建設に賛成か反対か」といった単純なものではない。複雑な思いである。そういった住民の意見を各議員が議会に持ち帰り、議会では、その民意を意識した見解をぶつけあって、議会としての方針を決める。その結論をもって、首長との議論、折衝につなげる。

 原発再稼働の是非の判断の際に、原発立地自治体の住民の意見は、どのように汲み上げられるのか。東日本大震災の復興事業計画の策定に、被災地住民の要望はどのように生かされるのか。住民投票を活用するよりは、地方議会の「民意汲み上げ能力」に期待するのが正道だろう。

 民意とは何か、それを政治的決断の際に、どう扱うべきか。橋下徹大阪市長の考え方は、この問題に関しては、単純過ぎる。「慰安婦発言」について、マスコミから「政治的責任をどうとるか」と問われた橋下市長。「民主主義ということからいって、私の発言に問題ありということであれば、選挙で審判を受けることになるでしょう」という趣旨の回答であった。

 大阪都構想、教育委員会の改革についても、「選挙で橋下を選んだのだから、民意は私の改革を認めている」というのは、選挙万能主義である。選挙において、ある候補者、ある政党を支持したからといって、住民(有権者)はそのすべての政策を支持したことにはならない。民意というものは、それほど単純にひとくくりにできるものではない。

 「究極の民意」ともいうべき憲法改正の際の国民投票の問題などにも触れたかった。稿を改めて論じることにしよう。  


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