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月刊ガバナンス平成24年9月号
続アサノ・ネクストから 第24

司法も危ない

 発達障害者である被告が、姉を殺害したとして殺人罪に問われた裁判員裁判において、大阪地裁は、7月30日、懲役16年の求刑を超える懲役20年を言い渡した。被告は広汎性発達障害の一種であるアスペルガー症候群である。懲役20年という有期刑の上限を課した理由として、判決では「再犯の恐れがあり、許される限り長期間の内省を深めさせることが社会秩序のためになる」と述べている。

 この判決は、多くの問題点を含んでいる。再犯の恐れがあるとして、社会秩序維持のために、社会から隔絶しておく必要ありということを、求刑以上の刑を課す根拠としていいのだろうか。「危険な障害者は刑務所に閉じ込めておけ」という考えが根底にあり、障害者への偏見、人権無視以外のなにものでもない。

 判決が「再犯のおそれあり」ということを、被告の態度から判断していることも問題である。アスペルガーの障害の特性として、反省の感情を的確に表現できない。発達障害者特有のふるまいが、「自分の犯したことを反省していない」と受け取られる。その結果としての厳罰化であり、発達障害の特性について正しく理解されていれば、ありえない判断である。

 「長期間の刑務所生活が被告の内省を深めさせる」と判決は論じているが、刑務所内で、発達障害という障害特性に応じた矯正教育がなされることは期待できない。そういう中での長期収容は被告の矯正ということからは、逆効果である。

 「長期間閉じ込め」を判決が言うのは、障害者が刑務所を出所してからの「受け皿」がないと決めつているからである。罪を犯した障害者の社会復帰を支援する地域生活定着支援センターが、47都道府県すべてに設置されていることを裁判官も裁判員も知らないとしたら、そのこと自体が批判されなければならない。

 「共生社会を創る愛の基金」は、判決後すぐに意見表明を行った。文書には、私も名を連ねている。「愛の基金」は「郵便不正事件」で冤罪逮捕された村木厚子さんが得た国家賠償金を寄付して設立された。基金は、社会の中で生きにくい立場にある「罪に問われた障がい者」の支援のための活動に使われる。

 そういった活動が進められている中での今回の大阪地裁判決には、大きな違和感と危機感を持ってしまう。裁判官は、発達障害について、これほどまでの無知でいいのか。無知、無理解によって、公権力により裁かれる障害者の人権をどう守っていくのか。

 発達障害に関してのことだけではない。裁判官はもっと勉強しなければならない。世の中の常識とかけ離れた常識の中で生きていることが批判される裁判官であるが、一方において、世の中の常識以上の知識と見識を持って裁判にあたってもらわないと困る。今回の発達障害のことについては、その典型である。

 裁判官だけではない。検察も厳しい批判の的である。今までのことを謙虚に反省して、司法の危機を回避して欲しい。立法府にも、行政府にも絶望しかけているが、せめて司法の府だけは、国民の信頼をなくさないでもらいたい。


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