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月刊ガバナンス平成24年4月号
続アサノ・ネクストから 第19

危機管理政策の確立

 政治が取り組むべき課題として重視されるのは、目の前の問題である。将来発生するかもしれない災害への対応、つまり防災を含めた危機管理は、政策課題として後回しにされがちである。よほどの覚悟と意欲がない限り、目の前の問題の解決に忙殺され、危機管理は脇に置かれてしまう。

 東日本大震災、東京電力福島原発の事故がもたらした大規模で深刻な被災状況を目にして、政府としても危機管理の重要さは十分に認識したはずである。

 しかし、震災から一年が経ち、津波被害で人命の救助という段階から被災者の健康維持、生活再建の段階に進み、今や地域の復興が重点課題となるにつれ、政府の危機管理への意識は薄くなりつつある。

 原発事故についての野田首相の「収束宣言」に見られるように、事故直後の危機的状況を脱したという安堵感が漂う。時間の経過とともに、危機管理の問題が、政権の重要政策の優先順位では後のほうに追いやられている感がある。

 政府の原発再稼動への動きがそのことを裏付ける。福島原発事故の原因究明が終わっていない段階で安易に再稼動を言い出すことからは、危機管理を重視する姿勢はうかがえない。

 「福島原発事故独立検証委員会」の報告書は300人余の関係者からの聞き書きを元に、事故直後の状況を詳細に生々しく伝えている。そこで明らかになっているのは、官邸をはじめとする部署の危機管理がいかにお粗末なものであったかである。政府の責任者が事故対応マニュアルを事前に説明されていない、原発の専門家が中枢部に配置されていないなど、事前の危機管理が徹底されていない。事故対応でも、事故直後の大事な時期に首相が官邸を離れて現場視察に出たり、現場が判断すべき事項に指示を連発したのは危機対応の最高責任者の行動として適切でない。複数の組織が統一のとれない指示を発し、急きょ任命された政府参与が機能せず、混乱に輪をかけた。

 「責任者出て来い」というのが、この報告の趣旨ではない。今回の事故の対応ぶりを真摯に反省して、危機管理について分厚い対応をするべきことを政府に迫っている。

 首都直下型大地震が近い将来に発生する可能性が高い。被害規模は東日本大震災を大きく上回ると予想される。どのように対処すればいいのか。準備万全とはほど遠い。北朝鮮の暴発によるわが国への核攻撃も「想定外」ではない。安全保障上の事態が生じた時に、防衛大臣は適任であるか、自衛隊は機能するか。「有事法制」が存在するだけでは足りない。実際にどう対処するのかの備えがあって、はじめて機能する。

 自然災害は予知できない。災害による被害をゼロにはできない。いかに被害を最小にするかが勝負である。そのためには、事前にやるべきことをすべてやりおくことが必要であり、それが危機管理の要諦である。

 喉元過ぎて熱さを忘れては困る。災害は忘れる前にやってくる。今回の災害対応での反省点を将来の危機管理に生かすことこそ、被災者の蒙った過酷な運命に報いる道である。この時期にこそ、危機管理政策の確立を切に望む。


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