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月刊ガバナンス平成21年7月号
アサノ・ネクストから 第41

「厚生労働省分割案」

 厚生労働省分割案なるものが、5月末に、束の間浮上した。しかし、麻生首相の「もともと、最初から、厚生労働省の分割ということには、こだわっていませんでした」という記者団への一言とともに、検討対象からはずれてしまった。私のところに、この件に関して、テレビ局の取材があって、求められるままにコメントをしていた。コメントをしてから2,3日後に、首相のこの断念談話があったので、はしごをはずされた感も持ってしまった。

 私のコメントの内容を再現すれば、以下のようなものである。厚生労働省の分割というのは、とんでもなく間違った選択ということではない。あり得る政策案である。いくつか前提がある。拙速は避けるべきである。羊羹を縦に切るか、横に切るかのたぐいではない。哲学がなければならない。つまりは、単なる組織論ではなく、分割によって、実現することがなければ、意味がない。たとえば、厚生労働省の仕事の中で、地方に全面的にやらせても困らないものは、権限、財源ごと移譲してしまう。そういった地方分権の尖兵としての役割を持つような組織見直しであれば、大いに意味がある。そのためには、じっくり腰を落ち着けて、思慮深い案を出さなければならない。

 分割案の裏にあるのは、図体が大き過ぎて、一人の大臣では納まりきれないということらしい。だとすれば、厚生労働省だけの問題ではない。2001年の橋本行革の置き土産、省庁再編の見直しということになる。建設省、運輸省、国土庁、北海道開発庁が一緒になった巨大公共事業官庁の国土交通省はどうなるのか。自治省、総務庁、郵政省という共通項がほとんどない省庁が一緒になった総務省はどうすべきか。厚生労働省分割やるなら、霞ヶ関全体の見直しの文脈の中でという主張が自民党内にあったようだが、正論だろう。

 2001年の省庁再編後に、統合し、巨大化した官庁のパフォーマンスは、再編前と比べてどうなったのかの分析、評価が必要である。副大臣や政務官がやたら増えて、役所内の意志伝達に時間がかり、情報収集が詰まってしまい、決断が遅くなるといった問題点も指摘されている。

 そもそも、組織の見直しというのは、為政者にとって、ある種の魅力を含んだものである。組織をいじると、出来上がった新組織は、結構目立つ。何事か、やり遂げたような気持ちになる。しかも、それほど金がかかるものでもない。元の組織を縦横ナナメ、どのように切っても、それなりの理屈は成り立つ。だからこそ、安易に飛びつかないように、心すべきものではある。

 今回の厚生労働省分割案は、出された時期が悪い。衆議院解散総選挙が間近に迫り、選挙対策の目玉商品として出されたのではないかとの疑心暗鬼を生んだ。不祥事が続く厚生労働省を分割することで、役所にお灸を据える。国民一般の溜飲を下げさせる。下品な物言いでは、「ザマアミロ」的な感覚に訴えるという意図がなかったか。

 国民の多くが思っていることは、ちょっと違う。組織の形はどうでもいい。ともかく、国民目線のちゃんとした仕事をしてくれ、ということだろう。


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