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月刊ガバナンス平成20年12月号
アサノ・ネクストから 第34

「首相の解散権」

 衆議院解散の時期をめぐっては、新聞が「まちがいない」と断定調に書いた予想記事は、何度もはずれた。早期解散ねらいの公明党もあてがはずれた。候補者は、「解散近し」であわてて事務所を借り上げ、ポスターを印刷して、財布が空になった。

 与党にとって、いつが最も有利かで、解散のタイミングを判断することは、不健全である。民主党が、「早く解散しろ」と圧力をかけるのも、どうかと思う。野党が解散を迫っている時に、「ハイハイ」と解散するバカはいないと評していた、ある野党の幹部がいたが、そのとおりだろう。解散時期近しという時は審議協力、それが遠のくと「徹底審議」という民主党の国会対策の変質ぶりも、見苦しいところがある。

 解散の根拠に、憲法7条と69条がある。7条は、天皇の国事行為の規定で、その中に、衆議院の解散が含まれており、その際は、「内閣の助言と承認により」となっている。そのことをもって、内閣には衆議院を解散する権限があると解釈されている。

 これまでの衆議院の解散は、ほとんどが7条を根拠にするものであるが、憲法上の本来の根拠規定は、第69条と考えるべきである。「内閣は、衆議院で内閣不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、10日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職しなければならない」となっている。つまりは、内閣不信任案が決議されるといった非常事態に対応するために、内閣に持たせたカードが衆議院解散であると考えるべきである。ただし、主語は内閣である。「首相の解散権」なるものは、憲法からは素直に導き出せるわけではない。

 憲法の解釈論を展開しようというのではない。7条解散ありとしても、首相の解散権なるものを、自由奔放に行使することは、控えるべきではないかというのが、私の持論である。衆議院議員は、4年の任期を全うするのが、本来の姿。議員内閣制だから、政権もその間は変わらないのが原則であるべきである。今回の福田首相、安倍首相の辞任の際には、政権そのものを野党に渡して、その上で、なるべく早い時期に解散というのが、「憲政の常道」だったはず。

 県知事においても、議会から不信任された場合には、議会を解散できる。その意味では、知事に解散権ありと言える。しかし、知事も議会も、4年の任期を全うするのが、あたりまえになっている。そうであって初めて、政権運営をじっくり行うことにつながり、議会も落ち着いた審議が確保できる。

 「政局よりも政策、解散による政治空白を作りたくない」と麻生首相は繰り返すが、その事情は、日本もアメリカも同じ。未曾有の経済危機のまっただ中でも、アメリカの大統領選挙は粛々と行われた。それを想起すれば、「経済対策のために解散延期」というのが、政治的テクニックに過ぎないことが明らかになる。

 解散をめぐる今回の混乱を契機に、「首相の解散権」の行使に一定のルールを設定すべきである。そういった見直しがなければ、それこそ「政策よりも政局」になってしまう。いらざる政治的混乱は、国益を損することを懸念する。


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