浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

 

月刊ガバナンス平成20年7月号
アサノ・ネクストから 第29

政治の出番

 政府は5月19日の社会保障国民会議分科会に、基礎年金の全額税方式化で消費税率を最大18%引き上げる必要があるという財政シミュレーションを提示した。この試算に対しては、全額税方式は無理だということを印象付けるための政府の作戦であって、おかしいという批判の声が上がった。

 私もおかしいと思う。基礎年金の財源として、税方式がいいか、社会保険方式がいいかの議論の前に、なんで「消費税で賄うとすると」という前提が出てくるのか、そこが一番納得いかない。公的年金制度は、他の社会保障制度と同様に、所得再分配も大きな目的である。年金財源は、年金保険料と税金。保険料は所得比例、税金は累進課税であるから、所得の多い人ほど徴収額が大きい。消費税は消費額には比例するが、累進性はない。むしろ、逆進性を指摘される税目である。

 だから、基礎年金の財源に、もっぱら消費税を充てるのは、社会保障制度たる公的年金にふさわしくないというのが、私の論点である。それだけではない。どうも、来るべき消費税引き上げの際に、「社会保障制度の充実のために使うのだからね、許してね」というのが、口当たりのいい説明として動員されるのではないか。そういう良からぬ意図がちらついて見えることが、とても心配なのである。

 「社会保障の充実のための消費税引き上げ」の論理を私が疑問視するのは、消費税の逆進性だけが理由ではない。「社会保障のため」というのが、正当な論理なら、将来的に、社会保障費の伸びに比例して消費税率を引き上げていくことが論理的帰結になる。逆に、消費税の引き上げが困難な政治状況になった場合には、社会保障の財源増は見送りということになるのか。そんなことが許されるのか。

 もっと気になるのは、「社会保障のための消費税引き上げ」の「論理」の裏の政治的な不真面目さである。「社会保障の充実」という美名の下なら、消費税引き上げへの反対の声は静められるだろうという、政治家の意図が見え透いている。国民をなめてはいけない。国の歳出の無駄を徹底的に省いた後も財源が不足するということを正々堂々と説いて、正面から消費税引き上げ論議をすべきである。

 前回書いた後期高齢者医療制度の問題しかり、道路特定財源問題も同じ。これからの政治課題は、どんな政策を実施するかというよりは、そのための財源をどうやって調達するか、つまり、国民への税や保険料などの負担をどう納得させるかをめぐってのものになる。政策の実施だけなら、政策専門集団である官僚群に任せて済む部分が多いが、財源調達、税金の賦課の問題になれば、そうはいかない。

 今後は、国民負担の問題が政治課題の中心である。国会は、選挙により国民に選ばれた政治家同士が、国民への責任を認識しつつ、衆人環視の下で、ぎりぎりの議論を展開する場所である。前にも書いたが、民主主義とは、税金の取られ方を民が主で決める主義のことであるから、税金の問題、負担の問題は、民から選ばれ、民に責任を持つ政治家が決めるしかない。

 遅かりしとは思わない。今こそ、政治の出番である。


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