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月刊ガバナンス平成20年1月号
アサノ・ネクストから 第23

自治体の競争相手

 知事業を終えた後の、アサノのネクスト仕事として、2006年4月から、慶応大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で教授業を務めている。学問とはほど遠い人生を送ってきた私であるが、若者たちに教えるというのは意義あることと思い、やらせてもらっている。

 当初気になったのは、授業を何人の学生が履修してくれるかということであった。メインの「政治参加論」の授業には300名以上の履修者が集まり、二つの研究会(ゼミ)にも多くの学生が来てくれた。まずは一安心であった。

 教授業は、一種の人気商売で、人気がなければ学生は集まらないし、開講しても有益な授業ができなければ、学生は去ってしまう。

 商品を売るのではなく、人間を介して、知識というサービスを人間に売る。これが大学の商売である。教授は学生に成績をつける権限があってえらいようだが、提供するサービスの質が悪ければ、そっぽを向かれる。大学も複数あって、少子化時代で学生獲得は激戦模様である。競争の契機がある。

 こういったことを、行政サービスを提供するお役所の仕事と対比しながら考えている。

 質の悪い行政サービスを提供して、住民にそっぽを向かれても、役所のほうは痛くもかゆくもないようである。住民は税金という授業料を払っているのだが、授業料に見合うサービスを受けられないといって、他の大学に移るように他の自治体に移るのは、容易でない。だから、各自治体は競争を意識しないで済む。

 しかし、自治体の競争相手はいるのである。次の政権がそれである。現市長の下での自治体行政にあきたらない住民は、現政権を見限って、新しい市長の下での新しい市役所を選ぶ権利がある。その権利を本気で行使するかどうかは、その住民の政治的成熟度に関わることである。

 自治体を大学にたとえたのには理由がある。「地方自治は民主主義の学校である」というのが、私がSFCで教える「地方自治論」の授業での決まり文句である。学校は小学校から始めて、順に中学、高校、大学と進む。地方自治に関心を持たないで、一足飛びに国政や国際政治に興味を持つことはあり得ない。まずは、自分の住んでいるところの半径10キロ以内の政治がどうなっているのかに関心を持てと教えている。

 もうひとつの意味は、学校なのだから、まずは入学せよということ。住民税という名の授業料は納めているのだから、学校に入って、そして行動せよということが「地方自治は民主主義の学校」の示すことである。住民が関心を持って行動するための前提は、その自治体がどんなことをやり、どんなことをやらないのかについての情報が開示されていることであり、情報開示が不十分であれば、行動は情報の扉を開けるところから始めてもいい。

 自治体側も、次の政権という競争相手がいることを意識して、情報公開は当然として、サービスの質の向上に努める。大学でさえ競争を意識しているのだから、税金という多額の授業料を集めている自治体としては、当然のことではないだろうか。


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