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杜の都の空から 第87号

「痔の手術」

 生まれて初めて入院した。痔の手術をするためである。入院したのは、菊田肛門科。
 私の母校である仙台市立木町通り小学校の校門の前にある、このユニークな肛門科については何回か前の「タイガース賛歌」で紹介済みである。「一穴入魂」の菊田医師はタイガースの大ファンである。私も同類と知った院長は、診察が終わったところで、タイガース・グッヅをたくさんくれた。そういえば、初めて通院したのは去年の六月。待合室に掛かっていた「タイガース・カレンダー」の六月のスターは藪投手だった。菊田院長に「ブラック・ユーモアですね」と言おうかと思ってやめたのを思い出す。
  その六月からほぼ半年通院したところで、手術をお願いすることに決めた。通院による内科的治療には限界があること、正月なら日程的にもなんとか時間が取れること、まだ痛くもかゆくもない初期の段階での手術ならよほど楽であること、こういったことを考えてやってもらうことにした。

  入院したのは、二十一世紀になってすぐの一月九日。期間は一週間に及ぶので、あらぬ憶測を避けるために、あえて記者発表をした。医療機関名だけは伏せて、病名を明らかにした。だから、新聞には、「浅野知事、痔疾で入院」という記事が掲載されてしまった。その記事を見て、高一の娘は、「いやだー、これじゃ学校でからかわれちゃう」と嘆いていた。
  そうなのである。痔疾は心配される病気ではなく、からかわれる対象なのである。「疾病に貴賎なし」では決してない。「心臓の手術をすることになって…」と言えば大いに同情され心配もされるのに、「痔の手術で…」と言ったとたんに、ケラケラ笑われたりするのは一体どうしたことであろうか。
  私の症状はいわゆるイボ痔、専門的には内痔核である。一度から四度までの進行具合でいえば二度であり、本来は手術は必要ない程度の軽い症状であった。だから、通常は痛くも痒くもない。手術は痛くもないし、あっという間に終わるが、その晩の痛みは相当なものだし、その後の便通の時にとびきり痛いと聞かされていた。  情報どおり、手術は麻酔のおかげで、全く痛みを感じないうちに十五分で終了した。なんだ簡単な手術なんだと思っていたのだが、退院の前の説明会で似たような症例の手術のビデオを見せてもらって、心底驚き、菊田医師に敬服してしまった。ものすごく精密で、こみいった手術で、まるで神業である。一緒に見ていた入院患者と言い合ったのであるが、事前でなくてよかった。自分の手術の前にこんなのを見せられていたら、とても平常心では手術台に上れなかっただろうという代物である。
  この際、この菊田肛門科の特色であろうと思われる「手術説明会」について紹介したい。痒いところに手が届くその周到な分かりやすい説明に、とても感動したからである。
  説明会は、入院患者を対象にして、二週間に一回の金曜夜に、菊田医師自身が行う。メモとして渡された説明項目をそのまま書くと、「手術の実際、食物繊維、入浴の効用、出血、入院期間・職場復帰、鎮痛剤、シートンとドレーン、生命保険、アルコールとタバコ、括約筋のトレーニング、患者クラブ、シャワートイレ」と十二項目に及ぶ。
  「手術の実際」は、前述のように、克明なビデオを先生の説明づきで見せてもらった。手術の翌日を除いては「入浴」をすることになっているが、それがなぜかもよくわかった。要するに、痛みの軽減と傷口の早期治癒に効果があるからとのこと。「出血」は皆の関心事。術後三週間は大出血の可能性があるということなので、改めて生活管理の必要性を認識する。
  事前、事後の説明は十分だったし、手術は神業のようにしてもらったし、看護婦さんをはじめスタッフもとても感じよかったし、入院した個室は病院らしくない素朴な快適さだし、全く言うことなしである。しかも、軽度のうちの対応だったこともあり、事後の痛みはないに等しいほど。ほぼ一週間、俗世間から離れてのんびりと休養をさせてもらったようなものである。

  「これで、名実共に知痔になった、しもじものことにも通じるようになっただろう」というお見舞いをよこした人がいる。「赤痔対策のケツ意表明だな」と言う人もいた。こういう冗談も、痛みが大したことなかったから、笑って済ますことができる。
  菊田医師プラス二人の若い医師で、一日にあの神業手術を二例ないし三例こなしている。年間だと何百例になる。入院して部屋に入ったら、枕もとに、「おまえもか、聞いて安心痔の仲間」と書いてある菊田医師の名刺が置いてあった。手術説明会にあった「患者クラブ」につながる。晴れて私も仲間入りである。
  密かにこの病気で悩んでいる方がいらしたら、仙台の菊田肛門科をお試しになり、我々の仲間入りをお勧めする。


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