宮城県知事浅野史郎のWEBサイト『夢らいん』

週刊コラム「走りながら考えた」

走るクマ
2001.8.13

 今から27年前、私は26歳。「花の独身時代」というよりは、もっとカッコ悪い独り者として、青春時代の最後のほうを送っていた。日本という国も青春時代であったようで、ありあまるエネルギーを全開させながら、産業活動に邁進していた。

 そういう「青春時代」の負の面として、公害問題があった。水俣病、四日市ぜんそく、光化学スモッグなどなど。そんな時代に、私は環境庁自然保護局企画調整課企画調整係長という役職を得て、環境行政の末端を担っていたのである。

 公害問題は、半径50キロの範囲での環境汚染の問題、つまり、あくまでも国内問題に止まっていた。海洋汚染、酸性雨、オゾン層の破壊、地球温暖化、砂漠化現象といった地球環境問題への関心は、当時はごくごく限られた人達だけが示すものであった。

 今や、環境問題は地球環境への負荷をどう減らすか、かけがえのないこの地球を次の世代にどうやって残していくかという観点から論じられるものとなっている。時代の流れというよりも、人間活動の行き着く先としての必然のようなものを感じている。

 地方自治体の領域でも、地球環境問題への対応が求められている。廃棄物をどう処理するか、それよりもどのようにして排出しないようにするか。リサイクルをどう進めるか。二酸化炭素の排出量をどう減らすか。こういう問題も、決して県内地域だけでなく、地球全体への環境負荷をどう減らすかということから出てくるものである。

 環境問題への対応の発想が、まるで変わったということを意識しなければならない。一人ひとりの生活において、いかに環境負荷を少なくするかという、生活改善運動の側面も出てくる。

 自然環境の保護ということでいけば、宮城県には残すべき自然が多くある。そのことが、これからの時代の大きな財産であることを認識しなければならない。「森は海の恋人」のコンセプトを実践している畠山重篤さんの住む唐桑などは、環境教育を進める場として絶好の地域である。そういった財産が宮城県には、幸いにして少なくないことを積極的に生かしていかなければならない。

 産業としてのリサイクル団地の創造、松島湾浄化のための海藻(赤もく)の養殖など、具体的な施策を進めることも大事であるが、企業、事業所を含む県民一般の意識の面からの改革にも、県として取り組む必要がある。

  先日の「ジョギング日記」で書いたが、「必要なものしか作らない、作ったものは使い尽くす」といったイヌイットの生活から学ぶことも少なくない。「センス・オブ・ワンダー」、人間の営みを超えた自然の力に対して、素直に驚きを感じる感性を養うための、環境教育の必要性も感じる。

  この分野で、宮城県として真剣に取り組まなければならない領域が、まだまだある。神様と、次の世代からの借り物であるこの美しい自然を、確実に引き継いでいくための事業に全力を上げたい。

 

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